「アリスのままで」見たよ


50歳のアリスは、まさに人生の充実期を迎えていた。高名な言語学者として敬われ、ニューヨークのコロンビア大学の教授として学生たちから絶大な人気を集めていた。夫のジョンは変わらぬ愛情にあふれ、幸せな結婚をした長女のアナと医学院生の長男のトムにも何の不満もなかった。唯一の心配は、ロサンゼルスで女優を目指す次女のリディアだけだ。ところが、そんなアリスにまさかの運命が降りかかる。物忘れが頻繁に起こるようになって診察を受けた結果、若年性アルツハイマー病だと宣告されたのだ。その日からアリスの避けられない運命との闘いが始まる──。

『アリスのままで』作品情報 | cinemacafe.net


ある日、ひとりで街をぶらぶらと歩いていると前から妻と子どもたちが歩いてきました。

まったくこちらには気付いていない様子だったので「みんなでどこに行くの?」と声をかけたのですが、みな一様に怪訝そうな顔をしながら目をそらして避けて素通りされてしまいました。なにか怒らせるようなことをしたのかと焦る気持ちが半分、なぜ気付かないんだろうと怒りたくなる気持ちが半分。

すぐにわたしは3人を追いかけて「なんで無視するの?」と声をかけるのですが、こわばった表情の妻が「やめてください!」と大声を出して子どもたちが泣きだしてしまいます。周囲の人たちは「母子に声をかけている不審者がいる」という目で、妻と子どもは怯えきった目でわたしを見つめます。


「おれだよ、なんで分からないの?」


そんな言葉をくりかえしくりかえし妻と子どもたちに投げかけるのですが、彼女たちがわたしを見る目はまったく知らない他人を見る目でしかなく、なんどもなんども呼びかけても伝わらないことに疲れてしまったわたしは不意に「本当にこの人たちはわたしが知っているわたしの家族なんだろうか」ということを考え始めてドキドキしたところでいつも目が覚めます。


これはわたしがよく見る夢でして、シチュエーションや出てくる人には多少バリエーションがありますが「自分が身近な人から忘れられてしまう」という点が共通しています。この夢をみた日の朝は最低の気分でして、その日一日を低いテンションで過ごすことになります。


なんでこんな夢をよく見るのか考えたことがあるのですが、おそらく「忘れる」「忘れられる」ということに対して異常に恐怖心を抱いているために「仕事で失敗をしてしまったとき」や「プライベートでよくないことがあったとき」のような気持ちが弱っているときに、わたしがもっとも恐れていることを夢に見てしまうのではないかという結論に達しました。


高いところや狭いところ、先のとがったものや真っ暗なところなどわたしには怖いものがたくさんありますが、その中でもとくに恐れているのは「自分の行動や発言を忘れてしまうこと」です。人の一生はただ生まれて死んでいくだけであってとくに意味があるとは考えていませんが、でもその一生を過ごすあいだに蓄積した大量の記憶には意味も価値もあると思っています。

そう考えているからこそ記憶がなくなることだけは耐えがたいことだと感じるのです。


この作品は優秀な言語学者が若年性のアルツハイマーによってすべてを忘れていってしまうという物語であり、その過程を丁寧に描いた作品です。この作品が描いている内容はまさにわたしが恐れていた出来事そのものなので観る前はかなりビビっていたのですが、実際に観てみたらたしかに忘れてしまうことはとても怖くて悲しいことだと実感できたのですが、一方で「忘れてしまうことよりも忘れられてしまうことの方が怖いし悲しい」ということもつよく感じました。

忘れてしまう当人が恐れているのは「すべてを忘れてしまう未来」であり、つまりその未来が訪れて実際にすべてを忘れてしまえば「忘れることを恐れていたこと」さえも忘れてしまうのです。「忘れてしまうこと」はたしかに怖いことだけれど、でも生き続けている限り終わることのない「忘れられてしまうことの悲しさ」に比べたらまだマシだなと。


どんどん記憶を失っていく当人よりも、忘れられてしまう周囲の人たちのつらさは筆舌に尽くしがたいほど伝わってきました。

本作の原題は「Still Alice」だそうですが、日に日に記憶を失っていってまるで知らない人のようになっていくアリスという女性に対して、いつまでもアリスのままでいて欲しいという願いが込められているでとても切ない気持ちになりました。


@MOVIX宇都宮で鑑賞