「そして父になる」見たよ


学歴、仕事、家庭、子供。自分の能力で全てを手にいれ、自分は人生の勝ち組だと信じて疑っていなかった良多。ある日病院からの連絡で、6年間育てた息子は病院内で取り違えられた他人の子供だったことが判明する。血の通わぬわが子に変わらない愛情を迷わずに注ぎ続ける妻と、一見粗野だが温かい相手方の家族との交流を通し、そもそも自分は「父親」であれたのかを問い始めることとなる。

『そして父になる』作品情報 | cinemacafe.net


(注意) 本エントリーは作品の内容に触れている部分もあるので未見の方はご注意ください。


MOVIX宇都宮で観てきました。

日本の映画監督の中では一番好きな是枝監督の最新作というだけでも期待値が高まっていましたが、カンヌ映画祭で審査員賞を受賞したり、スピルバーグ監督がハリウッドリメイクすることが決まったりと盛り上がる要素が多過ぎて観る前からテンションMAX寸前といった感じでした。

そもそも子どもを取り違えられた親の苦悩を描くというテーマもすごく興味を惹かれるし、予告もたいへん魅力的でしたので期待せずにいるなんて無理ってなもんですが、そんなふうに観る前から期待のし過ぎに伴うハードルの高層化が起こってしまったために「これは実際に観たらがっかりしちゃうんじゃないか」という心配をしてしまうほどでした。

ですが実際に観てみたら、その高すぎる期待に見事にこたえてくれるすばらしい作品でした。

自分自身の意見や価値観とは合わない部分もありましたが、「父親になるということ」は一長一短に起こる変化ではなく時間を経て作られていくものであるというところが丁寧に描かれていてその主張がとても腑に落ちる内容でした。とてもよかったです。


本作は、父としての役割をちゃんと果たしていると思い込んでいた男性が、6年間育てた子どもがじつは取り違えられた別の夫婦の子であることを知ったことをきっかけに「親になる」ということはどういうことなのか?ということを改めて考えるというお話です。

自分たちが6年間育てた子どもが自分の子ではないと知った良多(福山雅治)は、いままで育てきた慶多と取り違えられた血のつながっている琉晴のどちらかを選択する段になって「育ててきた6年」と「血縁」を天秤にかけることになるのですが、良多の中では「血縁」というものにウェイトが大きく置かれているようでした。
そして「もしわたしが良多の立場だったら...」と考えながらこの作品を観ていたのですが、じつはわたしも途中までは彼と同じく血縁を選ぶだろうなと考えていました。だって「自分とは血のつながりがない子ども」と「血がつながっている子ども」どちらを育てていきたいかと言えば、ぜったいに後者がいいに決まっているだろうと思っていたのです。

でもそう思う、つまり「一緒に過ごした時間」よりも「血縁」が大事だと簡単に断言できるということは「本当の意味で親になったことがないからではないか」と思うようになったのです。


この作品を観て後半に差し掛かったくらい、具体的には子どもたちを取り替えて生活を始めたところでタイトルの一部「父になる」という部分から連想して「女性は身ごもることで母になり、男性は育てながら父になる」という言葉を思い出しました。この言葉は男女が親になる違いをあらわしている言葉ともとれるのですが、本質的な部分は「親になる」ということはいっしょに過ごす時間を積み重ねることで少しずつなっていくものなんだということだろうと思います。

男女の違いがあるように見えるのは、子どもといっしょに過ごす時間のスタートとなるのが、女性は身ごもったときであり、男性は生まれてきたときだからであって親になるためには一緒の時間を積み重ねるほかないというのは男女どちらにも共通に言えることなのです。

そう考えると子どもと親の関係で一番大事なのは「一緒に過ごした時間の長さ」であって「血縁」ではないということになりますし、共に過ごす時間の大事さを軽視して血縁にこだわる人はそうやって長い時間をかけて子どもに愛情を注いで親になったことのない人と言われてもしょうがないんじゃないかとも思います。
仕事に追われて子育ての大半を妻に投げていた良多は慶多といっしょの時間をほとんど取っていませんでしたが、彼が父として十分な役割をはたしていなかったと責められたとして果たして反論できるのか?といえばちょっと厳しいんじゃないかとわたしは思います。

もちろん正解のあることではないので「それでも血縁の方が大事だ」という人もいるでしょうしそのことに異を唱えるつもりはありません。
ただ私が「父になる」という言葉と向き合ってみたかぎりでは、わたしは血縁というのは一緒に過ごした時間よりも大事なことだとは思えませんでしたし、その主張がとてもよく伝わってくるステキな作品でした。


ひとつだけラスト間際の良多が歩きながら慶多に話しかけるやり取りの部分はやや冗長かなと思いました。

自分が父親としての役割を果たして切れていなかったこと、そして自らの未熟さゆえに子どもを傷つけてしまったことをを悔やむ気持ちがあふれでているところはわかるのですが、それをあんなふうに表現しちゃうのって何となくもったいないなと感じたのです。この作品はセリフよりもちょっとした言葉以外の情報でその人の想いや考えを伝える工夫を積み重ねてきていてそれがすごく好きだったのでそう思っちゃいました。


そんなわけでわずかな不満はありつつも全体的にはすごく好きな作品でした。


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