「海よりもまだ深く」観てきた


日本国内の映画監督で好きな人を3人挙げろという話になったらわたしは是枝裕和監督と熊澤尚人監督と吉田恵輔監督を挙げます。もちろん気になる監督はもっといるけれど、この人の撮った作品ならぜったいに観たい!と迷いなく言える人はいまはこの3人です。

その中でも是枝監督は本当に抜きんでて大好きな監督で、わたしが映画を観るようになってから劇場公開された作品はすべて劇場で観ていますが、じゃあ是枝監督の作品は全部好きなのかというとそんなことはありません。「空気人形」は個人的にはいまいちよくわからない作品でしたし、「そして父になる」も題材はすごくよかったけど作品自体は正直言うほどよくはなかったなと思っています。

そんなわけで是枝監督の作品についてはわりと当たりはずれが多くて*1打率は5割を切るくらいだろうと思うのですが、それでもわたしが是枝監督の作品だったら絶対観たいと思うのは当たったときの衝撃がめちゃくちゃでかいからなのです。

もう気に入った作品はオールタイムベストに入れちゃうぞ!っていうくらい気に入ってしまいます。

例えば「歩いても 歩いても」や「海街diary」はもうまさにそんな作品ですし「奇跡」も結構大好きなんですが、本作「海よりもまだ深く」はまさのわたしのツボにドンピシャでハマるくらい大好きな作品でした。何か共通点があるのかな?と考えてみたのですが、「夏」で「どこかに死の匂いがある」作品が好きみたいです。


団地に一人住まいの母・淑子(樹木希林)。苦労させられた夫を突然の病で亡くしてからは、気楽な独り暮らしを送っている。長男の良多(阿部寛)は、15年前に文学賞を一度とったきりの売れない作家。今は探偵事務所に勤めているが、周囲にも自分にも「小説のための取材」だと言い訳している。そんな良多に愛想を尽かして離婚した元嫁、響子(真木よう子)。11歳の息子・真悟(吉澤太陽)の養育費も満足に払えないくせに未練たらたらの良多は、探偵技で響子を“張り込み”し、彼女に新しい恋人ができたことに一人ショックを受けている・・・。 そんなある日、たまたま母・淑子の家に集まった良多と響子と真悟は、台風のため翌朝まで帰れなくなり、一つ屋根の下で一晩を過ごすことに。こうして、偶然取り戻した、夜が明けるまでの束の間の“家族”が始まるが――。

『海よりもまだ深く』作品情報 | cinemacafe.net


さて。本作はもともと是枝監督の作品なので観るつもりではいたのですが、予告を観たら映像から伝わる雰囲気がどことなく「歩いても 歩いても」に似た空気を感じたのでこれはもう絶対に観たいと思っていました。たしかにこの作品も家族の物語という一面もあるのですが、むしろ真逆の作品だったと感じました。

歩いても 歩いても」が「無いと思っていたものが実はまだあった」というお話だったのに対して、「海よりまだ深く」は「まだあると思っていたものが実はもうなかった」というお話だったと思います。


本作は、一度大きな賞を受賞してしまったために文筆業に片足を突っ込んだまま離れられずにいる売れない作家が、副業として働いている探偵事務所でクライアント相手に個人取引を持ち掛けて小銭稼ぎをしたり、その合間に別れた妻をストーカーしてみたり、さらには団地で細々と暮らす母親からお金を巻き上げようとしたりするような人が主人公のお話です。

この主人公良多を演じるのが阿部寛なんですが、この人がもうシャレにならないレベルでダメな人間でしてもう観ているのもしんどくなるくらいのクズなんです。何もできないくせにプライドは高く、見栄っ張り。約束は守らず、自分が欲しいものを手に入れるためであれば、他のものはなんでも犠牲にできるというしょうもなさ。

もう見ながらずっとイライラしていたのですが、でも観終えて思ったのは「こういう人はもうこういう人として生きていくしかないんだよな」という諦念のような気分でした。以前ある人が言った「選択肢があるうちは他人の人生」という言葉がすごく好きでたまに思い出しては何度も反芻しているのですが、何にも縛られていないはずの良多にはいくらでも選択肢があるようにも見えるのですが、実のところ彼にはもう選択肢なんて何一つ残されていなくて目の前にあるものを手に取ることしかできなくなっているわけです。

つまり彼はもう彼の人生を歩まざるを得なくなっているんだということに改めて気づいたときに、自分にもいつの日かこんなふうに生きていくしかなくなる日が訪れるんだなと思ったら何だかいてもたってもいられなくて急に鼓動が早くなりました(笑)


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*1:もちろん世間から観た当たりはずれではなくわたしの嗜好にハマるかどうかという意味での当たりはずれです