ニューヨーク、ブルックリンの犯罪多発地区。退職目前のベテラン警官エディ(リチャード・ギア)、信仰深く家族想いの麻薬捜査官サル(イーサン・ホーク)に、出世と引き換えに危険な潜入捜査官の任に就くタンゴ(ドン・チードル)。決して交わるはずのなかった3人の刑事たち。ある日起きた警官による強盗殺人事件をきっかけにそれぞれの“正義”が思わぬ形で交錯する――。3つの不揃いな正義がぶつかった先には、衝撃の結末が待っていた。
『クロッシング (2008)』作品情報 | cinemacafe.net
MOVIX宇都宮にて。
独立した物語であるかのように点として描かれたいくつかの物語が、それぞれがつながって線になり、そしてその線が組み合わさって面を生み出すという、わたしのとても好きなタイプの作品でした。これすごく好きです。
ただ、そういったわたしの嗜好を差し引いたとしても、ストーリーのもつ迫力というか力強さがとてもすばらしくて2時間まったく目が離せない素晴らしい作品でした。
奇をてらう展開で観る者を惹きつけるのではなく、あくまで真っ向からぶつかってくるゴツゴツとした直実な雰囲気がとてもよかったです。
本作のテーマは人それぞれの正義について。
人間、誰でもそうですがみな自分なりの正義をもっていて、その正しさにしたがって日々の行動を起こしています。
外的な強制力が働く場合はちょっと事情が変わりますが、基本的に人は自分自身が正しいことだと納得できる行動を取ろうとします。逆に言えば、そういった正しさの裏付けが無いことを積極的にしようとは思いませんが、それはそういった自身の正義にしたがった行為でなければ、いつかどこかで過去の発言や行為と矛盾する行動をとってしまうことを恐れているからだと思います。
じゃあ、正しくないことは絶対しないのかと言えばもちろんそんなことは全然なくて、例えば正しくないとは思っていながらも自らの欲望を抑えられずに行動に移してしまうことは分かりやすい反例の一つだと言えます。
正しくないと知りながらもやってしまうこともまたよくある人間の行動パターンだと言えます。
こんなふうに改めて向き合ってみれば「正しさ・正義」というものがいかに不安定なものなのか分かるのですが、でも「自分の信じる正義」を疑うことって普段はあまりしませんよね?
「自分の正義」は成否を判断する際の基準、もしくは価値判断の前提条件として据え置かれておくことが多く、それが正しいかどうかってほとんど考えないと思うんですよ。だっていちいちそこから疑ってたら何も判断することなんかできないわけで、それはそれで正しいことだとわたしは思うのですが、一方でまったく議論もなしに信じられてしまう正しさって怖いなあと思うわけです。
この作品では、客観的に見て議論の分かれそうな「正義」をいくつも用意してそれを貫いたり破ろうとする人の姿を描くことで、「あなたの信じている正しさって本当に正しいの?」という疑問を観る人に投げかけます。
終始、自分の信じる正しさについて考えさせられながら鑑賞しました。すごくよい作品なので未見の方はぜひ!
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