麦の海に沈む果実


麦の海に沈む果実 (講談社文庫)

麦の海に沈む果実 (講談社文庫)

三月以外の転入生は破滅をもたらすといわれる全寮制の学園。二月最後の日に来た理瀬の心は揺らめく。閉ざされたコンサート会場や湿原から失踪した生徒たち。生徒を集め交霊会を開く校長。図書館から消えたいわくつきの本。理瀬が迷いこんだ「三月の国」の秘密とは?この世の「不思議」でいっぱいの物語。

http://www.amazon.co.jp/dp/4062739275


本書を初めて読んだのはもう3ヶ月近く前なのですが、その時は作品の世界観やそこで起こる事態のほどんどがまったく理解出来ず、これはいったいどういうことなんだろうと悩みながら読んでいるうちに気付いたら読み終えていたという状態でした。500ページ近い比較的厚めの本ですのですぐには再読する気も起きず、感想も書かないままになっていました。
先日、なんとなく手にとって改めて読み始めたのですが、これが前回とはうって変わって読んでいるだけで作品の舞台が目前に浮かんでくるほどにのめりこんでしまいました。同じ本なのにこの求心力の違いは何なのだろうと不思議でならないのですが、たぶん読んでいる私自身に余裕があるかどうかとかそういう読み手側の状態がよくなかったんだろうなと。というか本の中身が変わったわけではないでしょうからそのくらいしか違いはないですからね...。


と、本に関係ない話はいいとして本書の感想を。
本書は全寮制で外部とのやり取りがほとんど出来ない非常に閉鎖的な学園を舞台としてさまざまな不思議な現象が起こり、それがラストですべて説き明かされるというミステリー要素をもつファンタジー作品なのですが、この学園の描写がとにかく素晴らしいのです。
湿原を目前にした僻地に立てられた修道院を改築して使っているという学校のイメージはまさに世間から断絶された場所を見事に表現していたし、その学園を構成するひとつひとつの要素、例えば建物や庭や噴水などそれぞれが組み合わさって作り上げられる「学校」という存在がとにかく圧倒的でもう見事としか言いようのないできばえです。


加えて、登場人物の描き方がとても丁寧なのでいずれも個性豊かに描かれていてそれぞれの存在が際立っています。


このように舞台や構成する人々の人間関係が緻密に作り上げられたひとつの閉じた世界は一見とっつきにくそうに感じるのですが、転校生である理瀬の視点をとおして観ることで自然と受け入れやすくなっているのです。これは時の流れと共に部外者から内部者に移行していく彼女の視点をとおすことが、この特異な世界観を受け入れやすくなるひとつの要因になっていると感じます。


ラストはわたしの予想の範囲外でしたが、読み終わって全体を俯瞰してみると非常に納得出来るよくまとまった作品でした。
なんて、一度目は全然わかりませんでしたが...。


最後にわたしの一番好きなセンテンスを紹介して終わることにします。

夏至の日に、憂理とヨハンと丘の斜面で過ごした時に感じた透明な哀しみが胸に蘇る。いちばん太陽の存在の長い日。次の日から少しずつ日は短くなっていく。頂点に立った時に感じる滅びの予感。きっと今のこの瞬間は、あたしたちがここで過ごす日々で最も美しい時間なのに違いない。そして、これからあたしたちを待ち受けているのは−


441ページより抜粋