「青空チェリー」読んだよ

青空チェリー (新潮文庫)

青空チェリー (新潮文庫)

ゆるしてちょうだい、だってあたし十八歳。発情期なんでございます…。第一回「女による女のためのR−18文学賞」で圧倒的支持の読者賞を受賞した「青空チェリー」。戦時下、「教授」と「ダーリン」の間で揺れる心を描いた「ハニィ、空が灼けているよ。」。そして文庫書き下ろし「誓いじゃないけど僕は思った」。明るい顔して泣きそな気持ちがせつない、女の子のための三つのストーリー。

http://www.shinchosha.co.jp/book/119941/


年始にテレビをつけてたら、養老孟司氏と宮崎駿氏の対談がやっていてしばらく見てしまいました。
最近ジブリ作品に傾倒し始めたわたしにとっては宮崎氏の発言が非常に興味を惹いたのですが、その中でもとくに強く印象に残っている言葉があります。一字一句正確には覚えていないのですが、要約すると「うちの子はトトロを100回は見たという人がいるが、見るのは年に1度くらいでいいのであとの99回は外に出て遊んで欲しいと伝える」、「スタッフに土を描かせるとみな自分の生まれた土地の土を描く。東京の人だったら赤土を書くが、地方の人は赤土なんて描かない。夕日を描かせても海の近くに住んだ人は海に沈む夕日を描くが、都会の人は自分の見た風景がないので描けない。」なんてことを話していました。


宮崎氏が言いたかったのは実際に体験することで得ることが出来るものがその後の人生においていかに大事かということであり、映像を見るだけではなくたくさんのことを自身の体験として蓄積しておくことが子どものときには絶対に必要だということだと理解したのですが、非常に重みのある言葉だと感じました。


と、ここまでの話はさておいて、本書の著者である豊島さんについてですが、わたしが豊島さんの著書に惹かれる理由としては、時間の切り取り方が非常にうまいからだと思っていました。
エバーグリーン」も「夜の朝顔」もそうでしたが、描かれているその瞬間が目の前に浮かび上がってくる物語の紡ぎ方は本当にすばらしくて、読んでいる最中どころか読み終えても本の中の物語を追体験していると感じるのです。映画しか観ていませんが「檸檬のころ」も間違いなくそのような作品であることは疑うまでもありません。
ところが本書を読んで、そして最初に書いた宮崎氏の対談を見て、果たして本当にそれだけなのか?と疑問を抱くようになりました。それで「エバーグリーン」と本書を改めて読み直してみたのですが*1、やはり単に文章がよいだけではなかったのだということに気づいてしまいました。
豊島さんの描く作品には田舎の風景がよく出てくるのですが、それがわたしの記憶の片隅に埋もれている秋田の風景と重なり、懐かしさで胸がいっぱいになってしまうのです。そして、この「原風景を目の当たりにしたときのような実感」こそが豊島さんの本に惹かれる一番の理由だと思っています。作品の中にちりばめられた彼女の実体験を煮詰めたエッセンスがわたしは大好きなのです。


ここで最初の話に戻りますが、小説についてもやはり書き手の体験というのは非常に色濃く反映されるものなんだということを今回この本を読んですごく強く感じたし、そういった書き手のバックグラウンドを意識してしまうことは初めての経験でした。


なんて、この調子だと全然本の感想がまとまらなそうなので個々の作品の感想を簡単にまとめます。

青空チェリー

予備校の屋上を舞台にしたショートラブストーリーなのですが、男女どちらにとっても都合のよい展開に思わず苦笑してしまいました。たしかにこういうことがあったら嬉しいけどさあ...(照)
なんて、終始読みながらニヤニヤしてしまったわけですが、女性、しかも18歳とかなり若い女性が人目をはばからずに自身の性欲に執着する姿というのはそれこそAVやらエロ本の世界でのお話としか思えなくて現実世界と直接リンクすることとして捉える機会が今までなかったというのが率直なところです。
こういう話を自分が好きな作家が書いたということに、心の奥底から感激しました。


そういえば、先日谷村美月さんのWikipediaを読んでいたら彼女はこの作品が大好きだということが書かれていました。
こんな官能小説みたいな作品が好きだなんて超意外ですが、彼女がこの作品を読んで喜んでいる姿を想像するだけでわたしも嬉しくなってきます。

ハニィ、空が灼けているよ。

思い出を大事にしながらも今は今として生きる「女性らしさ」を描いた作品。
基本的なストーリーはエバーグリーンと同じであり、過去にとらわれつつも今を生きることを決意する心の変遷の様子がとてもよく描かれていました。男としては「えー、そうなのー?」と思ってしまうのですが、でもまあそういうものなのかも知れません。


誓いじゃないけど僕は思った

読みながら「秒速5センチメートル」を思い出したのですが、これを女性が書いたという点が非常に興味深いところです。


読んでいて強く感じたのは、「ハニィ、空が灼けているよ。」が"女性は過去は過去として抱えながらも今は今として生きられるんだ"ということを描いたことの対比として、"男性は過去を過去として現在から切り離して生きることが出来ない"ことをこの作品は描いているんじゃないかなと思うわけです。
「自分のことを好きだった人にはいつまでも自分のことを愛していて欲しい」という願望が、著者の中にあるのかどうかということまでは分かりませんが、少なくとも、男性は女性ほど割り切って生きることが出来ない存在として描きたいという気持ちだけは伝わってきます。


ただ、女性の立場でこの話を想像してみると、好きでもない男に長年妄想されて好きだ好きだと想われ続けるのって気持ち悪いなあとわたしは思うんですよね。
何だかいたたまれない作品でした。


(関連リンク)

*1:これを機に「檸檬のころ」を読んでみようと思ったのですが、何と回った本屋すべてで品切れでして手に入れることが出来ませんでした...。