「おおかみこどもの雨と雪」見たよ


ある日、大学生の花は“おおかみおとこ”に恋をした。2人は愛し合い、“雪”と“雨”の2つの命を授かり、人間とおおかみの2つの血を受け継いだ“おおかみこども”であることを隠しながら家族4人は都会の片隅で幸せに暮らしていた。しかし父である“おおかみおとこ”の死によって、残された3人は厳しいくも豊かな自然に囲まれた田舎町へと移り住むのだが…。

『おおかみこどもの雨と雪』作品情報 | cinemacafe.net

TOHOシネマズ宇都宮で観てきました。


ネットでは賛否両論が渦巻いておりますが、寓話とファンタジーという二つの顔をもつ作品としてたのしく鑑賞できました。

ではわたしはこの作品のことが好きなのかというと決してそうではなくて、どちらかというと苦手な作品に分類されると思います。その理由について、詳しくは後述しますが話の内容そのものはおもしろかったのですががどうにも納得出来ない部分が多くて違和感が最後までぬぐいきれませんでした。

ただ、うつくしい自然の風景や子どもたちのかわいらしさを強調するよう工夫された構図が印象的なシーンの数々は本当にすばらしかったですし、子どもたちの成長に関する描写は首肯したり共感できる部分も多くありました。この作品の出来のよさは、単なるストーリーや演出の好き嫌いだけでは切り捨てられないレベルだったし、見てよかったと思える作品でした。


さて。
最初に「寓話とファンタジー」と評したとおり、全体をとおして言えるのは決定的にリアリティのない作品だったということです。もちろん映画に限らずフィクションにリアリティがないことは悪いことではありませんが、でもその物語がフィクションであろうとなかろうとそれを観たり読んだりした人がその話の流れに納得できる文脈がないというのはちょっといただけないかなと思います。


たとえば、ひとりで健気に子どもたちを育てる花はたしかに優しくていいお母さんなんだけど、20歳そこそこの女性が子ども二人を抱えながら過ごす日常生活にしてはあまりにきれいごと過ぎるような気がしたのです。もちろんこういうお母さんが絶対にいないとは言いませんけど、なんかあまりに美しく描かれ過ぎてるような気がしてまったく説得力が感じられなかったのです。

現実には子育てってもっと泥臭い部分もあるし、まして一人で全部をやらなければならないという状況であればなおさらそうであろうことは容易に想像できるわけです。そういうところが作品の世界観への信用を断ち切っていたと感じたし、わたしはすごく嫌だなあと思いました。


うまく言えませんが、全体的に出てくる人が理想的過ぎるほどいい人ばかりというのが違和感の源泉のような気がします。


そんなふうに花の人となりや彼女の子どもたちへの接し方には疑問が沸いた一方で、雨と雪の成長を描いている部分はかなりうまく描いているなと感じました。

泣き虫だった雨がオオカミの血を受け継いでいることと向き合って「何が自分にとっての役割でどうすればそれを果たせるのか」というところに目覚めるところは男の子の成長譚として説得力があってよかったですし、男勝りでワンパクだった雪が「どうすればこの社会で生きていけるのか?」という現実路線の方向に舵を切っていくところもなるほどなと感じました。

同じ親の元に生まれて同じように育ってきた二人が、現実主義的な女性と理想主義的な男性という違いに目覚めてそれぞれの道を歩んでいくという流れはとてもおもしろかったです。


あともう一点、小さなことですが気になったのは宮崎あおい大沢たかおの二人の声がこの作品にはちょっとあってなかったかなということです。二人ともいい声をしているし、吹き替えもとてもうまいのですが、声に個性があり過ぎて発声者自身の主張が強過ぎるように感じられました。



でもおもしろかったのは本当だし、一見の価値はある作品です。

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