「コクリコ坂から」見たよ


舞台は、いまは姿を消した三島型の貨物船や、漁船、はしけ、ひき船が往来する海を見下ろす丘の上。主人公は女系家族の長女である高校2年生の海。父を海で亡くし、仕事を持つ母親を助けて、下宿人も含め6人の大世帯の面倒を見ていた――。待望のスタジオジブリ最新作は高校生の純愛、出生の秘密を題材とした少女マンガを企画・宮崎駿で映画化。

『コクリコ坂から』作品情報 | cinemacafe.net

TOHOシネマズ宇都宮にて。


原作はさほど惹かれるところがなくて楽しめるかどうか不安でしたが、原作からはあくまでエッセンスを抽出するにとどめ、それを元に物語を再構築していたためにまったく別の作品として楽しむことができました。
舞台はわたしの生まれる20年近く前であり、記憶の中にその欠片すらあるはずもない時代の話なのですが、すべてにおいて丁寧に時代の空気をふくませていてどこか懐かしさをおぼえずにはいられませんでした。わたしは学生運動なんてやりたいと思ったことはないし、この作品に出てくる人たちの行動原理を理解できない部分もありましたが、それでも心地よい懐かしさがこの作品にはあふれていると感じました。


それを懐古主義と言ってのけるのは簡単ですが、俊の言葉を借りればこれは「新しいものにばかり目を向けるのではなく過去にあったよいものも大事にしよう」ということであり、つまりこんな時代があったことを忘れずにいようということではないかと思うわけです。現代しか知らないわたしから見れば、ほんの50年前にこんな時代があったということがにわかには信じがたく感じられるのですが、でもそれは決して嘘でも誇張でもなく本当のことであって、こういう時代を経験したけど忘れてしまった人たちにはぜひ思い出して欲しいし、知らずに生きているわたしのような人たちにも知っていて欲しいということなんじゃないかと。


現代のようにどんなに頑張って前に進んでいるという実感をもてずにいる時代に生きているわたしにしてみれば、上を向いてでも歩いていれば何とか前に進めた時代がうらやましいと思わずにはいられませんが、一方で、現在よりも多くの不便を強いられているこの時代を自分が生きていけるとも思えないのです。だからどちらの時代がいいとか悪いということではなく、わたしたちは過去をもっと知るべきだし、そして忘れないでいるべきなんだということはつよく感じました。


そして、本作できわだってよかったのが「日常」に対するスタンスとその描き方です。


戦時中でもない時代においては、生きるということはおだやかに過ぎていく日常と向き合うことだとわたしは思っています。
安定した生活というのは言い換えればかわり映えのしない日常であり、わたしたちはその変化のない繰り返しの中で生きています。それを平凡でつまらないと感じることもありますが、つつがなく生きながらえるためにはこれが一番効率がよいということには異論はありませんし、目的があればどんなことでもそれなりに続けられるのです。


ところが日常の必要性に理解を示しながらも、それでも心のどこかではいつもと違う何かを求めてしまうことはよくあることです。自ら刺激を求めてはめをはずしてみたりいつもと違うことをするというのもそうですし、意図せずそういった非日常的な出来事に巻き込まれてしまうことを期待することもそうです。

そんな非日常的な出来事が日常との境目が見えないくらいの濃度で描かれれると、それを包みこんでいる日常もまたその姿がくっきりと際立ってみえてくるということを本作をみてつくづく実感しました。それくらい本作は日常/非日常の描き方がうまくて、例えば買い物に出かけようと家を出た海が、偶然俊と出会って肉屋まで自転車で送ってもらうシーンの躍動感あふれる演出がよい例なのですが、日常をきわめてまっすぐと丁寧に描かきながらもそこに印象的な非日常をまぜあわせて見せたことにわたしはとても感動をおぼえたのです。


日常をここまで丁寧に、そして美しく描いた作品が観られたことがとても嬉しくて、観終えて一日経った今でもいろんなシーンを思い返したりパンフを読み返したりして作品のことをずっと考えています。本当にこの作品のことが大好きです。


そうそう。
今回めずらしくパンフレットを買って読んだのですが、宮崎吾郎監督が書かれたテキストを読んだ時にとても感銘を受けました。告白するのはとても恥ずかしいのですが、読みながら涙が止まらなくて何でこんなに涙が止まらないんだろうと思いながら何度も何度も繰り返し読み直しました。父親に対する想いやご自身のこれまでについてとても率直な言葉で書きつづられていて、そのあまりのまっすぐさに心を打たれました。
本当は抜粋して紹介したいのですが一部だけ読んでもまったくピンとこないと思いますので、ぜひ手に取ってご一読ください。「諦めや打算からは何も生まれない」というタイトルがついたテキストです。
近くに住んでいる方であればお貸ししますので直接でも間接でもいいので(できれば直接で)ご連絡ください。


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