容疑者Xの献身

容疑者Xの献身 (文春文庫)

容疑者Xの献身 (文春文庫)

これほど深い愛情に、これまで出会ったことがなかった。いやそもそも、この世に存在することさえ知らなかった。運命の数式。命がけの純愛が生んだ犯罪。

http://www.amazon.jp/dp/4163238603


ネタバレがあるかも知れないので気になる方は読まないでください。


映画を観終わってすぐに読み始めたのですが、読んでいるだけで観たばかりのシーンが脳内で再上映されてしまいました。もう読み進めるほど一文一文が劇中の各シーンとリンクしてしまい、改めて映画版の出来のよさを実感しました。ホント、原作をうまく映像化してたんだなーと感心しました。もちろんそれぞれ違う部分も一部あるわけで*1、先に原作を読んでしまうとそういう差異が気になってしまう性質のわたしとしては、映画→原作の順番で手にしてよかったなと思いました。


意外にもというべきか、わたしはこの作品がとても気に入ってしまい、めずらしく2度繰り返して読みました。
過去に読んだ東野さんの作品は、どれもおもしろいと感じながらも2度は読みたくないと思う作品ばかりでした。「さまよう刃」とか「レイクサイド」「殺人の門」などがそのよい例なのですが、読むのが止められないほど興味深いくせに、読後がとにかく不快でたまらないというそんな作品が多いのです。
この不快感がうまく表現出来ないのですが、感覚としては、枯れ木や大きな石をわざわざ取り除いたときにその下から沸いて出てきた気持ちの悪い虫を見たときのような、つまりは見なくてもよいものを自ら進んで掘り出してしまった時のような不快感です。
この作品にはそのように感じる部分がほとんどなかったのも、気に入ったひとつの要因です。


そしてこの作品を気に入ったもっとも大きな要因は、石神と湯川の関係がとにかく魅力的だったということです。
過去の2作において、湯川は徹底的に感情を排することで思い込みや思い付きに流されずに論理で物事を理解するというスタンスを貫いてきました。そしてこの作品でもそのスタンスを貫こうとするわけですが、初めて感情がその邪魔しようとする、その初めて見せる湯川の不安定さとそれをもたらした石神と言う存在の大きさ。何かこの2人の関係がすごくいいなと思ったわけですよ。
17年ぶりに会った友人が夜を明かして飲みながら数学や思い出話に話を咲かせるなんてところはもうすごくジーンときて、他人に興味が無さそうな2人でもこういうことするのっていいなーとシミジミしてしまいました。
2人の間柄を知るほど、湯川が事件を解決することに思い悩み苦しむ背景がすごく理解出来てしまい、なんともいえない気分になりました。


結局、石神がなぜそこまで花岡を救おうとしたのかという部分が映画も小説も説明が弱かったのですが、でも出ている情報がすべてだと考えれば、石神の想いの幼過ぎるとも言える純粋さがとても切ないと言わざるをえません。人の幸せとは本当に人それぞれなのだと思い知らされます。


彼の想いが「恋愛」とか「恋心」という程度のものではないことは、まさに「献身」というにふさわしい彼の行為が示しています。
読み終えてタイトルに戻った瞬間に、思わず泣きたくなってしまうほどいいタイトルだということに気付かされる作品でした。

[追記]

映画の感想はこちら

*1:そもそも内海という登場人物は映画にしかいないわけでその点だけとって考えても同じくなるわけがないのですが