カフーを待ちわびて


木漏れ日が射し込み、海の香りが漂う、ゆるやかな時間が流れる“南の小さな島”。ここで雑貨店を営みながら、愛犬・カフーと暮らす不器用で地味な青年・明青(玉山鉄二)の元に、ある日1通の手紙が届く。その手紙には「あなたのお嫁さんにして下さい」と書かれている。思い当たる節は、以前旅行先の神社で、出来心で絵馬に書いた「嫁に来ないか。しあわせにします。」という願掛けの言葉だけ。そしてある日突然、幸と名乗る美しい女性が訪ねてくる。なんの説明もなく、明青の家に住み着いてしまう彼女だったが、明青を幼少から面倒を見てきたミツも、彼女のことを“カフー”(幸せ、良い知らせ)として受け入れ、明青は幸と共に暮らし始める。そして何気ない穏かな生活を送るうちに、明青と幸はお互いを大切な存在に感じ始めるが、島でのリゾート開発問題や幸の衝撃の過去によって、2人の想いは徐々にすれ違っていく…。

『カフーを待ちわびて』作品情報 | cinemacafe.net

MOVIX宇都宮にて。
沖縄の小さな島を舞台に繰り広げられる緩い緩い物語。ストーリーそのものについてはそれほどそそられるところはありませんでしたが、作品全体をとおして伝わってくる寂れた島のけだるい夏の雰囲気はものすごくよかったし、リゾート開発に関するくだりでもいくつか印象的なやりとりがあって非常におもしろかったです。


玉山演じる明青は過去に島を出て生活をしたことがないのですが、そんな彼の生き方に対して幼馴染で現在はリゾート開発会社に勤める俊一が「挑戦もせずに生きているだけ」だとか「お前は昔から何も変わっていない」だとか延々と説教をするシーンがあります。
理由は分からかったのですが、とにかく観ているだけで居たたまれない気持ちで満たされたわたしは一刻もはやくこのシーンが終わって欲しいなと思いながら観ていたのですが、こういう「田舎を出て行った人が田舎に残っている人に対して説教をする」というのは同窓会など、昔から顔なじみであり、だいたい同じくらいの年齢の人同士が集まる場では何度か見たことがあることを思い出しました。
首都圏や大都市圏に出て働いているからというただそれだけなのに、なぜ田舎に残っている人に対してこんなふうに偉そうに振舞えるのか?と不思議でならないのですが、これについては大きく2つの理由があるんじゃないかと思うのです。


ひとつは、相手が知らないことを知っているということに起因する精神的な優位性と、それを外に向けて誇示したいということ。
もうひとつは環境の変化がないためにさほど変わらずに生きていられる人に対する嫉妬や劣等感です。


どちらも人としての器の小ささが感じられることですが、私も小さい人間なのでどこかでバランスを取っておかないと他人と関わりああっていくなかでとてもまともではいられないというのは何となく分かるんですよね。くだらない自尊心だと思うのですが、何かしら相手から認めてもらえるような「何か」をもっていないといけないんじゃないかというそんな感覚なんですよね。
そこまで考えてみて初めてわかったのですが、玉山が怒られているシーンをみていたたまれなくなったのは、彼が頭ごなしにただ怒られている様子にやるせなさを感じたからではなく、そうやってつまらないことで相手の優位に立とうとする俊一の人としての小ささに自分の小ささを投影してしまっていたのではないかなと。
映画の筋には関係のない話ですが、非常に印象深いシーンだったので内容をまとめてみました。


それにしても作品を観れば見るほど玉山鉄二のかっこよさには驚かされます。
首周りの擦り切れたTシャツやボサボサに伸び切ったクセっ毛の髪は、一歩間違えばというか普通の人であれば気持ち悪くなって当然のアイテムなのですが、玉山だとこれが全然気持ち悪くないのです。どれだけ劣化させても「かっこいい人」という枠を出ない彼は純度100%のイケメンで間違いありません。人間は格好や髪型などでその見た目は大きく変わりますが、彼の場合はその下限値がものすごく高いレベルにあることにとても驚きました。わたしが同じ格好で同じ髪型だったとしたら...。考えるだけで全身が粟立つほど気持ち悪いです。。。
たぶん明青という役はもっと野暮ったい感じに見えた方が原作のイメージに近づくんだろうなと原作未読のくせに思うわけですが、彼が演じる限りはこれ以上ブサイクにはならないし、もっと原作に近づたいのであれば山田孝之とかの方がよかったんじゃないかと考えたりしました。


そしてもうひとつ。沖縄ネイティブがしゃべるシーンで日本語の字幕が出てきた時にはちょっと衝撃を受けました。
地元じゃないと分からないよねー、こういう言葉って、と思いながら鑑賞しました。

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