イライラの理由

ある日の朝。
車で映画館へ向かう途中、ラジオから中島みゆきの「空と君のあいだに」が流れてきました。
ちょうど、この日の前日に安達祐実が離婚したことをうけてこの曲がかけられたようなのですが*1、もうあまりに懐かしくて思わず聴き入ってしまいました。


この曲、そしてその曲のシングルCDに入っていた「ファイト!」という曲はもうものすごく好きな曲でした。
当時高校生だったわたしは学校までの15kmを自転車でかよっていたのですが、その道すがらこの曲を繰り返し繰り返し聴いていたのです。もうあまりにこの曲ばかりをリピートしすぎたせいで、歌詞の一字一句まで正確に覚えてしまうほど聴きこんだという大好きな曲なのですが、そんな大好きな曲が不意にラジオから流れてきたわけですから一気にテンションが上がり、「さあー、映画観るぞー」とよくわからない張り切り方をしてしまったのでした。


この曲のよさは歌詞にあります。もちろんメロディもものすごくいいのですが、それも歌詞のすばらしさにくらべたら誤差として無視してよい程度のものです。歌詞が本体、メロディはスタンドです。
大好きな人を守りたい、そのためだったら悪にでもなるんだぜ!!という勇ましさと、でも自分自身は絶対にその人の一番にはなれないのだという悲哀というか諦観の交じり合った歌詞が衝撃的で、初めて聴いた時の驚きをいまだに鮮明に思い出すことが出来るほどのインパクトがありました*2


悲しいことに、楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、あっという間に一曲が終わってしまいラジオからは別の曲が流れ始めました。どうしても他の曲を聴く気になれなかったわたしは、ラジオを止めてこの曲の歌詞を頭の中で反芻しながら楽しんでいたのですが、ふとこの歌詞と、最近読んだ本2冊(「幻夜」と「白夜行」)がものすごくリンクするような気がしてきました。


白夜行 (集英社文庫)

白夜行 (集英社文庫)

幻夜 (集英社文庫)

幻夜 (集英社文庫)


白夜行」は美しい一人の少女・雪穂が、自らの美貌とえげつないほどの謀略を武器になりあがっていくお話です。
そしてその続編と言われている「幻夜」は、とある災害をきっかけに「白夜行」では雪穂と名乗っていた女性が冬美と名を変えて、やはり美貌と謀略を武器にして再度成りあがろうとする物語です。


この両作品に共通して登場するのが、犯罪を犯すことさえいとわない(もちろんばれないようにちゃんと手を打っている)究極ともいえるほど利己的で抜け目のない女性・雪穂/冬美であり、そして彼女にはひとりだけ影で彼女を支えるサポーターがいるのです。
白夜行」では桐原という同い年の青年を、そして「幻夜」では水原という青年を味方につけ、彼女の前にあるさまざまな障害を取り除いていきます。
わたしから見て、桐原/水原はこの曲の歌詞のような心境で雪穂/冬美を手助けしていたのではないかと思うのです。ただ彼女に喜んで欲しかった、彼女の力になりたかった。そのためであればどんな悪事や犯罪にも手を染めた二人は一体どのような気持ちで事を為していたのだろうと想像すると、何だか胸の奥の方がかきむしられるような言いようのない苦しさを感じるのです。そして桐原と水原には同情する一方で、二人にそのようなことを強いた雪穂/冬美に対しては憎悪と言えるほどの負の感情を感じたのです。


なぜ雪穂/冬美のことを許せないほど憎いと感じたのか。
本を読み終えて時間が経った今だから分かるのですが、わたしは彼女の強さ/図々しさ/人を人とも思わない思い上がった態度、といういずれもわたしにはない処世術に長けた存在そのものを妬ましく感じていたのです。そして(これが一番大きいのですが)、それはわたしが自分に自信を持てないことに対する不満や不安の裏返しでもあるわけで、わたしのもつ劣等感から生まれた感情だったわけです。元々劣等感はもっていましたが、この本を読んだことでそれがかなり強烈に刺激されたことは間違いありません。


そこまで考えてとても腑に落ちたというか、あーもしかして...と思うことが一つ出てきました。
というのも、ここ最近なぜだかイライラすることが続いていて、普段であればスルーしていたようなことにも怒りを表明したりしまうことがあって一体どうしてしまったのだろうと疑問に感じていました。「どうしてしまったんだろう」なんて他人事のように書いていますがでも本当にそう思わずにはいられないほど自分自身の感情の起伏が読めず、またその変化を予測することも出来ませんでした。
その時を振り返ってわたしが怒ったシーンを思い出して気付くのは、自分の不始末を臆面なく転嫁された時や調べれば分かるようなことをさも聞くのは当たり前のような顔で聞かれたりとか、そういうわたしには絶対に出来ないようなことをあっさりやられた時にものすごく怒っているのです。
ここで大事なのは、私が怒りを感じているのは責任を転嫁された事や質問された事に対してではありません。そんなのはわざわざ怒らずとも説明すれば済む話ですから怒る必要はありません。


私は、「その恥ずべき行為を全く恥ずかしいと思わずさも当然のような顔でやってのけるその図々しさを示した相手」に対し、同じようには決して振舞えないことに劣等感を刺激されて怒りを感じていたのです。もちろん、怒った時は相手の行為そのものを非難しましたが、でも実際の怒りの矛先はそこには向いていなかったのです。
元々持ち合わせていた劣等感を本を読んだことで刺激され、そしてナイーブになっていたところをくすぐられて怒っていたわけなのです。



もう書いていて泣きたくなるくらい自分が小さいことを思い知らされます。でも今回ばかりはそこから目を背けてはいけないとも思います。

*1:女優が離婚したからと言って、その人が出演していたドラマの主題歌をかけるというのはなかなかない発想でしてちょっと驚きました

*2:ちなみにこの歌詞はドラマの中に出てくる犬のリュウの視点で歌われたものらしいと知り、いまさらですがものすごく感心してしまったのですがそれについてはこちらが詳しいです