ブタのいた教室


「ブタを飼おう! 大きくなったらみんなで食べよう!」。新しく小学校に赴任し、6年2組の担任となった熱血新米教師の星先生(妻夫木聡)が、クラスの生徒28人の前でこう言い放った。ブタの飼育を通して、人間が食べることを考え、命を見直そうという試みのもと、スタートしたこの実践教育。大量の餌やりや糞尿の始末など、様々な難問を乗り越え、子供たちは“Pちゃん”と名づけたそのブタをクラスの一員としてかわいがり、200キロになるまで育て上げる。だが、彼らの卒業の日が迫ったとき、最大の問題にぶつかる。それは、一緒に卒業できないPちゃんをどうするかということ。親たちや学校を巻き込み、子供たちによる果てしない議論が始まる!

『ブタがいた教室』作品情報 | cinemacafe.net

MOVIX宇都宮にて。
「いただきます」という言葉にはどんな意味があるのか。命をいただくということはどういうことなのか。そんなことを生徒たち自身に考えて欲しいという思いから始まった「クラス全員でブタを育てて大きくなったら食べよう」という授業の行く末にとても興味がわいてきたので観に行ってきました。
当初は気軽な気持ちで育てていた生徒たちが大きくなってしまったブタを食べるかどうかということで考えをぶつけ合い、さらには発案者である教師も想像していなかった方向へ話が発展していく展開は意外性がありつつ、けれどつよい説得力が感じられてとてもよかったです。ハホ*1やアオ*2がこの作品に出てくる子どもくらい大きくなったらみせてみたいなと思える作品でした。


と、作品の感想をまとめてみたら結末に触れる部分も出てきたので、ネタバレを読みたくない人はこれ以降は読まないことをお奨めします。



この授業を提案した星先生の考えというか、子どもたちに「いただきます」の意味を理解して欲しいという思想についてはとても共感出来るし、もし私が小学校の先生であれば彼が考えた授業をやってみたいと思ったはずだと断言できるほど非常に魅力的なアイディアだと思います。そのくらいこの作品のコンセプトを読んだ時に興味を持ったし、ぜひその結末を知りたいと思っていました。
ところが実際に話が進んでいくのを観ていると、どうも私が期待というか予想していたのとは雰囲気が違うことにおどろかされました。一見、子どもたちは星先生の思惑どおり「ブタを食べる派」と「ブタを生き延びさせる派」に別れて討論し、命のあり方について考えているようにも見えるのですがどうも議論の軸が想像してたのとは異なっているようなのです。観ながら分析してみると、「自分たちで育てたPちゃんは食べたくないけれどでもこのまま学校には置いておけないよね」という両派閥共通の基本スタンスがあって、それを前提に食べるべきかどうかという議論がされているために「自らの命をつなぐためには他の命をいただかないといけない」ということを知るために必要な「Pちゃんを食べなくてはいけない強制力」がまったく存在しないことに気付かされました。だから議論の際にも「別にPちゃんを食べなくてもいい」とか「一緒に過ごした仲間だから食べたくない」という意見がどんどん出てきます。
こうなってしまった理由は簡単で、食べ物に困っているわけでもないのにわざわざ愛着のある動物を食べる積極的な理由がないからなのです。自分がかわいがってきたPちゃんを食べなくていいのであれば誰だって食べはしません。自分が生きるためにPちゃんを食べなくてはいけなんだという強制力がある状態であれば、きっと星先生が意図した授業になったのかなと思います。この飽食時代と呼ばれる現代では難しいですよね...。


それではこの授業の根幹にあった「食べること/いただきますという言葉について自分自身で考えて欲しい」ということが達成されていないのかと言われると全然そんなことはなくて、食べるために生まれてくる動物の存在や命をつなぐということの意味について生徒たちは一生懸命考えます。誰かは自分たちでPちゃんにけじめをつけたいと考え、誰かはPちゃんが生き延びられるように考え、そしてまた別の誰かはそもそも何で食べられるために生まれる命があるのかを考えます。
そんなみんなの悩みや考えがぶつかりあい、時には武力行使に及んだりしながらも他の人の考えを知り、そしてそういう考えもあるのだと理解していく様子が描かれています。


この授業が本来伝えたかったことが伝わったのか分かりませんが、それでもひとつの楔となって子どもたちの心に跡を残したことは間違いないと思います。もしかしたらPちゃんが食肉センターに送られたことにつよいショックを受けてしまった子がいるかも知れませんし、豚肉が食べられなくなってしまった子もいるのかも知れません。
それでも命について何も考えずにこれからの人生を歩むよりは、たとえ傷が残ったとしても命と向き合った時間を持てたことは決して悪いことではないとわたしは思います。誰も傷つけずに済むような授業よりも、結末はどうであれ自分なりに考えて心に傷を残すような授業の方が有意義なんじゃないかという気がします。


結末やその決定過程に賛否はあるでしょうが、わたしはそのいずれにももろ手で賛成したいと感じたし、非常におもしろい作品だと思いました。小学生にはぜひ見せてその反応をうかがってみたいです。


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*1:長女

*2:次女