「きいろいゾウ」見たよ


妻の名は妻利愛子(つまり・あいこ/宮崎あおい)、夫の名は無辜歩(むこ・あゆむ/向井理)。お互いを「ムコさん」、「ツマ」と呼び合う夫婦が、片田舎へやってくる。売れない小説家のムコは、天真爛漫なツマを優しく見守り暮らしていた。しかし、幸せだった2人の生活はムコ宛の一通の手紙をきっかけに少しずつすれ違っていく…。

『きいろいゾウ』作品情報 | cinemacafe.net

MOVIX宇都宮で観てきました。


一度だけ劇場のロビーでこの作品の予告をちらりと観たことがあって「宮崎あおい向井理が出ているほわほわした感じの作品」という印象を受けました。世界観もストーリーもわりと好きそうな感じだったので観に行ったのですが、想像していたファンタジーな内容ではなく、むしろ痛い現実と向き合うつらさを体感するはめになりました。

冒頭、宮崎あおいが動物や樹木といった人間以外の生物とも言葉を交わすシーンを観て、ああこれはわたしがダメな作品かも...と思い、さらに宮崎あおい向井理がお互いを「ツマ」と「ムコ」と呼び合っているシーンを見てこれは本格的にダメなんじゃないかと覚悟しました。


わたしはファンタジーな世界観の作品はわりと好きなのですが、それはあくまで現実とは直接リンクしない独立した世界であるという前提に立っている場合にかぎります。もし現実世界そのものを舞台に描くのであれば、ファンタジーっぽさはあったとしても基本線としては相応のリアリティが欲しいと思うのです*1

個人的には動植物が話し出すというのは「ファンタジーっぽい」というレベルを超えた非日常的な出来事であって、ちょっと現実味がなさ過ぎるような気がして苦手だなと感じたのです。


あと互いの呼び名としてツマ(妻?)とムコ(婿?)を選ぶそのセンスもすごく気持ち悪くて嫌だなーと。


つまり作品の出だしの部分を観たときは苦手なものばかりが並ぶ作品のように思えたのですが、話が進むうちにそれは思い過ごしでわりと嫌いな作品じゃないなと思うようになったのです。


たとえば、世界観についてはやや違和感をおぼえる一面はありつつもとても柔らかな雰囲気に包まれているのが心地よく感じられたし、世界観を受け入れると現実味のない設定に対して抱いていた否定的な感情はあっという間に雲散してしまいました。


あと互いの呼び名については奥さんの本名が「妻利」さんだからツマ、旦那は「無辜(むこ)」さんだからムコという呼び名であることがわかりまして、それならいいかという気になっちゃいました*2


そんなわけで得も言われぬ不思議な世界に浸りながら最後まで鑑賞したのですが、観終えてざらざらとした感情が残る作品でした。


本作は田舎に住む一組の夫婦を描いた作品でして、描かれる大半はなんてことのない田舎の日常です。

ただ、冒頭でも書いたとおり妻の愛子(ツマ)は動植物と会話ができるスキルなのか妄想力がありまして、どこにいても動植物と会話をしたり、その言葉に耳を傾けています。犬やクモ、チャボや木と会話する姿は初見ではヤバい人にしか見えません。さらに勝手にムコさんの日記も読みます。天然という言葉ではくくれない怖さを感じます。

そしてそんなツマを当たり前のように受け入れているムコさん(向井理)もちょっと危険な香りがします。「俺もアオイさんのエッフェル塔になれたらいいのに」(参照)などという寝言を言っていた向井理は、別のあおいさんのエッフェル塔になってしまったようです。言霊って怖いわ...(違)。

わたし自身の視点を投下する対象としてはどうしてもムコさんを選んでしまうのですが、いくら宮崎あおいレベルでかわいくてもこんな人と結婚したら大変過ぎるだろう...としか思えず、ムコさんの気持ちがどうしても理解できません。


くわえて満月になるとツマはかなり精神的に不安定になったり、他の人には見えないものが見えたりと話が進めば進むほど個性的過ぎてどんどんついていけなくなります。それでもムコさんはそんなツマをとても大事にしているし愛しているのです。よくわかりません。


ですが、恋愛とか結婚生活というのは他人から見たら理解できないことがたくさんあって当たり前だとも思います。それはわたし自身の経験でもあり、当事者同士が自分たちなりのしあわせを構築するのが恋愛であり結婚だと思うからでもあります。他人から見たら「それはないな」と思うようなことであっても、当事者が当事者同士の納得のもとで行われていることであるかぎりはそれが最善なんだと思うからなのです。もちろん程度の差はあって、社会的に許されるかどうかはまた別なんですが基本はそうなんです。


ただ、それにしたってツマとムコさんの二人のやりとりは見ていてあまりに理解できなくて、そのことが鑑賞後のざらざらした違和感につながっているんだと思います。そしてその違和感が「他人なんて理解できなくて当然」という当たり前のことを思い出させてくれたし、そのことがすごくうれしいとも感じました。

変な作品だけど「なんかすごいの観ちゃった」という気になれるよい作品でした。


と、ここまで書いた部分を読み返してみるとても楽しんだ人の感想とは思えないのですが、でも本当におもしろかったしいい作品だとも思っています。その気持ちに偽りはないのですが、でも、それでもどうしてもうまくそしゃくできない部分が残っていたしそういった消化不良をどうしても解消したかったので原作を買って読んでみました。


きいろいゾウ (小学館文庫)

きいろいゾウ (小学館文庫)


原作を読んだ感想としては、映画よりもおもしろかったです。

映画では「こんな感じかな?」と観ながら想像していた部分が明確に描かれていましたし、とくに印象に残っているツマがコップでムコさんの手を滅多打ちするシーン*3についてツマがそうせざるを得なかった心境やそれを受け止めるムコさんの気持ちがきっちりと書かれていてすごく腑に落ちました。

そして原作の方がツマやムコさんのキャラクターがしっかりと確立されていたし、とりわけツマがただの感受性のつよい不思議ちゃんではなくて特別な能力のある人だったことがわかったおかげで作品全体の印象が大きくかわりました。そして原作で得た知識をもとに映画の各シーンを思い返してみると、見え方が大きく変わるし、より映画のことが気に入ります。

そう考えると原作を気に入った方にはぜひ映画もおすすめしたいですし、逆に原作が合わなければ映画はもっと合わないだろうとも思います。そして賛否が大きく分かれていることを考えると、原作未読の方には気軽にはおすすめしにくい作品だなとも思いました。


観ようかどうか迷っている方は原作が好きかどうか、原作未読であれば一度読んでから見るかどうか決めることをおすすめします。


(関連リンク)


公式サイトはこちら

*1:もちろん例外はありますが基本はこう思ってます

*2:フィクションなのでこういうのは作り手が付けたあとづけの理由でしかないことは理解していますが、それでもこういう表向きの理由があるならいいやという気になりました

*3:ツマが水道の蛇口を全開にする→ムコさん止める→ツマ再度水を出す→ムコさん止めて蛇口を抑えたままにする→ツマ手近にあったコップでムコさんの手を殴打→ムコさんガマン→ツマ、コップが割れるまで殴打→ムコさんひたすらガマン→ツマ、別のコップでさらに殴打→ムコさんずっとガマン....という最近観たどんなホラー映画よりも怖いシーンがあるのです