「君に届け」見たよ


黒沼爽子(多部未華子)はその暗い見た目から「貞子」と呼ばれ、クラスからは浮いた存在でいた。唯一同じクラスメイトの風早翔太(三浦春馬)だけは明るく接してくれ、爽子は尊敬の念を抱いていた。風早のおかげで、本当の友達とも出会い、初めて自分の気持ちを話せるようになる爽子。そして、風早に対しての “特別な気持ち”に気付いていく。そんな中、風早を中学時代から知る可愛らしい女の子・くるみが爽子(桐谷美玲)の前に現われ、風早への想いを告げられる ――。1,000万部突破した椎名軽穂による人気コミックが『おと・な・り』の熊澤尚人監督によって映画化。

『君に届け』作品情報 | cinemacafe.net

TOHOシネマズ宇都宮にて。熊沢尚人監督最新作。


原作が少女マンガであるということではたしてわたしは受け入れられる内容なのかどうか不安もありましたが、そんな不安など1mmも感じる必要がないくらいとてもすてきな作品でした。高校時代とは多くの人が戻りたいと願う時代であり、いわゆる青春と呼ばれる時期に該当するのですが、その時期に吸っていた空気を余すことなく丁寧に再現していたことにただただ感動をおぼえました。


この、わたしが受けた感銘を言葉で説明するのは少し難しいのですが、例えば青春というといい思い出ばかりを思い出す人が多いでしょうが、でも冷静になって学生時代をちゃんと思い出してみれば、決していいことばかりではなかったとわたしは思うんですよ。目立たない奴や頭がよくない奴、運動が出来ない奴、ブサイクな奴ってそれだけで存在そのものをバカにされることもあったし、何も特別なものをもたない人にとっては本当に生きにくい時期だと思うのです。そもそも、学校社会というのは客観的に見ても人生の中でも最も明確なヒエラルキーが形成されていた場所だと思うし、つまりそこでは何かしら抑圧されたり排除されるということもあったのです。
この作品では学生時代の思い出を単なる美しい面だけ描くのではなくて上で挙げたような残酷な場所だという一面もしっかりと描いています。そういった負の面も描くからこそ、よりリアリティをもってこの美しい情景を高校時代の美しさとしてとらえられたし、素直に素晴らしい時代だったと受け止められたのです。


ちょっと遠回りをしてしまいましたが、この作品を見てもっとも驚かされたのはこの作品がラブストーリーではなかったということです。観るまではてっきり内気な高校生の恋愛を描いた作品なのかと思っていたのですが、実際はそうではなくて、自分自身を否定的にしか見ることが出来ない爽子が人並みの自己肯定感を得る過程を描いた作品でした。たしかにゴールとしては好きな人に想いを伝えるということになるのでしょうが、それが爽子が自己肯定できるようになったことの証となっていることにもすごく感動をおぼえました。


ちょっとわたしの話になってしまいますが、わたしも比較的自分自身を肯定的に見れない性格でして、爽子ほどではありませんが自分に自信をもつことが出来ずにいます。だからどうしても爽子の状況というのは自分自身のそれと重なるところがすごく大きいと感じてしまったのです。
もちろんわたしが爽子みたいな性格かと言われると全然そうではないですし、例えば爽子は「自分といることで相手の株が落ちる」ことさえ恐れているのですが、いくら自分に自信のないわたしでもさすがにそこまで自分に対して否定的にはなりきれません。でも爽子がそう感じる気持ちというか論理はすごくよくわかるんですよね。自分自身には何も価値を見いだせないのでせめて他人から感謝されるようなことを行うことで、わずかばかりの自尊心を得て生き延びているだけなんです。そんな爽子の姿を見ていると我がことのように辛いと感じるシーンもあったし、正直正視できないくらい厳しいシーンもありました。わたしが一番記憶に残ってるのは、風早がクラスメート全員の前で肝試しでゴールしなかった罰ゲームとして爽子と一週間付き合うことを言い渡されるシーンなんですが、自分と付き合うことが罰ゲームになるというだけでもひどいのに、それを言い渡されたのが好きな人だっていうのがもうね....。しかもそんなひどいことを言われても怒ることのできない爽子の姿を思い出すだけでもう胸が苦しくなるんですよね...。


あのシーン以降「爽子、もっと自信持てよ!」ともどかしい想いを抱えながらずっと思いながら見ていたし、だからこそ最後に自分の気持ちを言えた爽子を見てすごく嬉しかったんですよね。あー、よかったなー、と思ったし、爽子やったじゃん!とも思いましたよ。ホント嬉しかった。


ただね、正直に言えば物語としては出来過ぎだと思うんですよ。
今まで友だちの一人もいなかった爽子が好きな人から好きって言われたり、急に友だちが出来たりしたわけですから、もしわたしが爽子だったら「これは誰かだまそうとしてるんじゃ...」とか「これは夢なんじゃ...」って絶対思うと思うんですよ。だって今まで15年間、爽子はそうやって生きてきたわけですから、急にそんな望んでいた状況なっちゃったとしてそれをすぐに信用できるか?っていったら絶対できないんですよ。出来るわけがない。


でもいいんです!
だって話がちょっとご都合主義だというだけで、爽子が自己肯定を得る過程のどこにも嘘はなかったし、何より見ていた私は本当に幸せな気分になれたわけですからこれを否定する理由なんてどこにもないんですよ。
爽子がおかれている最初の状況がひどすぎるんですから、話なんて多少出来過ぎなくらいでちょうどいいんです。
しかも爽子が自らの置かれている環境を幸せだと感じて涙するシーンや、そういった幸せな状況を作ってくれた友だちを信じきることができなくて後悔するシーンもあるわけで、単に都合のいい展開ばかりで構成されているわけじゃなくてちゃんと爽子の抱える葛藤も描いたうえでのこの展開だからもう全然OK。


何か観る前の不安なんてさっぱり忘れ去ってしまうくらい素晴らしい作品でした。


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