偏食的生き方のすすめ


先日「ミルク」という映画を観た時に、自分がいかに他者、特にマイナリティに対して不寛容だったのかを知り、そしてこれからは多様な価値観を受け入れられるような寛容さをもてるよう努力したいということをここに書き記しました。
いろんな価値観に触れて理解できるようにがんばるぞーと勢い込んでいたのですが、次の日に手に取ったこの「偏食的生き方のすすめ」という本を読んで早くも気持ちが折れました。わたしの覚悟は何て甘っちょろいものだったのだと情けなくなりますが、多様な価値観を認めるということの壁の高さを叩き込んでくれたこの本にはとても感謝しながら、そして心底イライラしながら拝読しました。


偏食的生き方のすすめ (新潮文庫)

偏食的生き方のすすめ (新潮文庫)

卵は黄身と白身が分かれていると食べられず、完全にゴチャゴチャに撹乱しなければならない。それで作ったオムライスは楕円形でなければダメ―。理不尽でありながら明晰な「食わず嫌い」を語りつつ、騒音公害や過照明など日常生活の「イヤなこと」に敏感に反応する。社会と自分の感覚とのズレを最大限に愉しむための、マイノリティの処世哲学。

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本書は既に著書を何冊か拝読している中島義道氏の著書ですが、今まで読んだ本とは違い、ものすごく読むことに抵抗を感じる一冊でした。
過去の著書と何が一番違うかといえば、彼自身の日常がふんだんに盛り込まれている点です。道を歩いていて騒音を出すものを見つけるとその音源を止めてしまったり場合によってはその音源を川に捨ててしまったり、または大きな音や声を出している人を見かければその人を大声で怒鳴りちらしたり注意した挙句、さあ自著を読めと渡してみたり、こういった著者の行為にはまったく同意も理解出来ないどころかわたしの一番嫌いなタイプでしてもう読むだけでうんざりしてきます。
また、彼が食べられるものと食べられないものの境界線、そして食べられないものについてはその食べられない理由がいくつか登場するのですがこの文章を何度読み直しても意味が分からない。5回くらい読み直しても全然分からない。たぶん目の前で著者からあーだこーだと説明を受けたとしても「はぁそうですか...」というのが精一杯だろうなと思うくらいさっぱり自分の感覚とはかけはなれた内容を読んでいると、世の中は広いなという程度の感想しか出てきません。
彼の行為だけみれば単なる頑固オヤジとも言えますが、ものすごく頭も切れる上に自らを徹底的に分析して理論武装しているのでとても理屈ではかないそうにないところもまたものすごく腹立たしいのです。


自分とは明らかに異なる価値観を理解するということはこんなにも大変なことなのかということを身をもって理解させてくれただけではなく、もう自分には無理なんじゃないかという諦観まで与えてくれる一冊でした。