魔王

魔王 (講談社文庫)

魔王 (講談社文庫)

政治家の映るテレビ画面の前で目を充血させ、必死に念を送る兄。山の中で一日中、呼吸だけを感じながら鳥の出現を待つ弟。人々の心をわし掴みにする若き政治家が、日本に選択を迫る時、長い考察の果てに、兄は答えを導き出し、弟の直観と呼応する。ひたひたと忍び寄る不穏と、青空を見上げる清々しさが共存する、圧倒的エンターテインメント。

魔王/伊坂幸太郎/著 本・コミック : オンライン書店e-hon

麻生さんが総理になって以来、総選挙をやるとかやらないとかでお祭り騒ぎをしているわけですが、ぶっちゃけ今の状況だと選挙で民意を問おうなど笑えない冗談としか思えません。
投票率が50%を切るような状況下でとった過半数など、単なる組織票の比べあいをしているだけのようなものですし、もう実質組織票合戦だけじゃね?と思うわけです。
そもそもこんなにも投票率が低い背景には政治に対する不信感や諦観、あとはそもそも興味がない*1っていう感覚があるわけで、まずはこれを何とかしないといけないんじゃないかと思うのですが、実際は他の政党に流れるかも知れない浮動票よりも確実に取れる組織票で勝負する方がうれしい政党もあるわけで、投票率を上げようというのはいろいろと難しい問題をはらんでいそうです。


この「魔王」を読んですごく関心をもったのは、「現状に不満があるとして、では選挙を含めた政治というものがどうなったらいいんだろうか?」という部分について、ひとつのあり方を具体的に提示していた点でした。
まったく揺らぐことのない信念と、強烈なカリスマ性で多くの人を魅了する犬養という存在。今この日本に突如このような人が現れたとしたら、わたしも思わず支持してしまうだろうと思わずにはいられない、そんな魅力が彼にはあると感じます。
例を挙げると、何事も即時断言できる決断力や既得権益にすがるようなことはしない清潔さ。いつも政治家に対して抱いていた不信感をすべて取り除いたような、出来すぎとしか表紙えない人物を目の当たりにすると、むしろ彼を信頼しない理由が見つからないとさえ感じてしまいます。
そんなすばらしい人物が政権を取ったとしたら...というのが、この作品が提示する上記に対するひとつの答えなのですがこれが想像した以上に抵抗を感じるのです。もちろんこの作品自体が意図的にそう感じさせるような描き方をしているというのは分かるのですが、ただ、皆が皆、同じ方向を見て突き進むことに対する恐怖心というか嫌悪感というものは意外に多くの人の中に根深く残っているんじゃないかなと感じたのです。何かその感情をくすぐるために書かれたような文章だという印象を受けました。


さて。
この本のタイトルにある「魔王」という言葉に目を向けてみたいのですが、名前から考えると「人々を恐怖/不幸にする存在」の代名詞みたいなもんかなと思うのですが、では果たして魔王とは何のことなのか?と考えてみるともういろんなものが魔王に思えてくるのです。
例えば「情報」や「お金」は使い方次第では人々を扇動したり狂気に駆り立てることが出来るという意味ではとてもおそろしいものですし、それらを駆使して人心を掌握しようという人間それ自体もとてもこわい存在です。
考えれば考えるほど、いったい魔王とは何だろうと思わずにはいられなくなります。


何だかこの作品がまだ自分の中で消化できていなくてうまくまとまらないのですが、日本の未来に対するひとつのシミュレーションをながめているようでとてもおもしろかったです。

*1:興味がないことはどちらかというと国民自身の責任のような気もしますがひとまずここではそれについては言及しません