- 作者: 宮下奈都
- 出版社/メーカー: 実業之日本社
- 発売日: 2015/10/03
- メディア: 文庫
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著名なヴァイオリニストの娘で、声楽を志す御木元玲は、音大附属高校の受験に失敗、新設女子高の普通科に進む。挫折感から同級生との交わりを拒み、母親へのコンプレックスからも抜け出せない玲。しかし、校内合唱コンクールを機に、頑なだった玲の心に変化が生まれる―。見えない未来に惑う少女たちが、歌をきっかけに心を通わせ、成長する姿を美しく紡ぎ出した傑作。
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わたしは「はじめまして」の関係がすごく好きです。
なじみの顔ぶれも悪くないけれど、まったく知らない人と会って自己紹介する瞬間がたまらなく好きだったりします。だから小学校から中学校へ上がるときや中学校から高校へ上がるとき、さらに大学に入るときや会社に入るときは新しい出会いにワクワクしました。
ではいったい「はじめましての関係」の何がそんなによかったのかと考えてみると、二つの理由が思いつきました。
ひとつは不安定な関係性がすごく気持ちよく感じられるということ、そしてもうひとつはそんな不慣れな間柄がじょじょにきれいに整地されていく様子が楽しく感じるということです。
ひとつめの不安定な関係性の気持ちよさというのはいつもは右手で自慰をしている人がたまに左手でやってみるとすごく新鮮でよかったというのと似ていると思っていて、つまりちょっと洗練されていないものだからこその良さみたいなものがいいなということです。
そしてふたつめの徐々に整地されていく様子が楽しく感じるというのは、ぬりえを少しずつ塗っていくように知らない者同士が相手のことを少しずつ知ることで相手の見え方がどんどん変わっていくのが楽しいということです。
出会った当時は「席が隣の人」という属性でしか判別できなかった人も、毎日同じ教室にかよい、授業を受け、お昼を一緒に食べたり部活をしたり一緒に帰ったりたまに家に遊びに行ったりしているうちに徐々に属性ではなくその人個人として識別するようになる過程がとにかくおもしろくて好きなのです。
本作「はじまりの歌」は同じ高校、クラスに通う高校生それぞれの視点から描いた群像劇なのですが、まさしくわたしの大好きな「人間関係に徐々に色が塗られていく様子」を感じられる作品でしてもう読みながら楽しくて楽しくてしょうがありませんでした。
相手に興味をもっていなかったときは「クラスメイト」という属性でしか区別できなかった人のことが、一歩踏み出して相手との距離を変えたことで徐々に変えがたい友だちへと変わっていく様子が丁寧に描かれていました。わたしはいまの会社で働きだしてから13年が経つのですが、さいきんは初めましての関係はなかなか経験しなくなりました。
だからこそこの作品で描かれるそういった人間関係の変化が非常に惹かれたし、この物語がわたしにとっても大事な思い出のように感じられました。
ちなみに本作の各章のタイトルはハイロウズの曲名になっているそうです。
歌詞も作中にちょっと登場するあたり、おそらく著者の宮下さんはハイロウズやブルーハーツが好きなんだろうなとすごく感じました。
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卒業生を送る会の合唱から3年、少女たちは二十歳になった。御木元玲は音大に進学したが、自分の歌に価値を見いだせなくて、もがいている。ミュージカル女優をめざす原千夏が舞台の真ん中に立てる日は、まだ少し先みたいだ…。ぐるぐる、ぐるぐる。道に迷っている彼女たちを待つのは、どんな未来なんだろう。
http://www.amazon.co.jp/dp/4408536156/
「はじまりの歌」から3年後を描いたのが本作「終わらない歌」です。
正直、前作ほどのワクワクはもう味わえないだろうと思っていましたが予想に反してラストは興奮しっぱなしで読み進める手が止まりませんでした。見知らぬ人との出会いがその人を変えていくことや逆に相手が自分に影響されて変わっていくことってなんであんなに興奮しちゃうんでしょうか。
クラスでは、学校では一番だった人ももっと広い世界に出ていけばいつかは一番ではなくなるときがきます。
学校一足の速かった男の子も、市の大会、県の大会、全国大会と進んでいけばいつかはどこかで必ず負けます。仮にそこで負けなかったとしても世界にはたくさんの速い人がいるわけで、狭い世界ではどれだけとびぬけた存在だったとしても活躍の場を広げていけばいつかはもっと上がいることを思い知らされるのです。
これはもうしょうがないことというか、「世の中には上には上がいる」という言葉どおりどんな分野でもすごい人というのはたくさんいます。それがメジャーな分野・ジャンルであればなおさらそうです。
本作はこの事実を淡々と描きつつ、「でももし自分たちがこの人はすごい!と思った人がもっと広い世界に出ても特別な人だったとしたら?」ということを描いていて、そこが本当にグッときました。
これは続編書いちゃうんでしょうかねー。
続編読みたいから書いてほしいような、もうこれ以上は書かずにあとは読み手の妄想に任せてほしいようななんとも言えない気分でいっぱいです。ほんとうにほんとうにめちゃくちゃおもしろかった!