自分の中の未成熟な部分と向き合うこと

ちょっと前に仕事で特許を出願したのですが*1、先日その拒絶理由通知が届いていました。

特許を出願したことがある方はご存知だと思いますが、特許を出願して審査をしてもらうと必ず拒絶理由通知と言うのが届きます。


# 出願から取得・拒否までの流れを図にするとこんな感じになります(この図は特許庁からお借りしました)。


みな、特許を出願するときには「これはすごい製品だ!」とか「他にはないアイディアだ!」と思って出願するわけですが、これだけたくさんのアイディアが世のあちこちにあふれている時代ですのでどんなにすばらしい製品・アイディアにも必ず類似しているものが存在します。これはもうほぼ100%あります。
そのため、どんな発明も出願して一度は似ている製品やアイディアをたてに「既にこういうものがあるので特許とは認められない」という連絡がくるのですが、そのダメだしの理由が書かれているのが「拒絶理由通知」なのです。

この拒絶理由通知を受け取ったら60日以内に反論を書いて送らなければそのまま拒絶審決がくだされておしまいになってしまいますので、とりあえずこの通知を読んで理解して反論できるかどうかを検討しなければなりません。60日というと2ヶ月ですから長いようでわりと短くて、忘れん坊将軍のわたしは「まだまだ先だからだいじょうぶ」と油断しているとあっという間に過ぎてしまうくらいの危うい日数です。


そんなわけで、まずは拒絶の内容を理解しなきゃとさっそく送付されてきた資料を読み始めたのですが、これがまったく理解できません。
じつは前からなのですが、わたしはビジネスライクな文章というか契約書や仕様書のような「一字一句細かく目を通して理解しなければならないドキュメント」を読むのがすごく苦手なのです。

苦手でも仕事なんだしがんばって読めよ!と言われるのはわかっているのですが、でも本当にまったく頭に入らなくていつも繰り返し繰り返し読まないとまったく理解できないのです。他の人は一度か二度読めば大枠の概要をつかめるのに、わたしはいつも人の何倍も読み直さないとだめなのです。

この拒絶理由通知もそんなにむずかしい文章ではないのですがぜんぜん頭に入ってこなくてほとほと困り果ててしまいました。
とは言え、そんな泣き言を言ってばかりいてもしょうがないのでとりあえず通知書の一字一句をWORDに書写しつつ、それに対して思いつくコメントをちょこちょこ付け加えながらまとめてみたら驚くくらい文章を理解できていることに気付きました。

この驚きをどう表現したらいいのかわからないのですが、とにかく文章を読んでいるときはまったく理解できなかったのにその内容をキーボードを打って文章に書き起こしているうちにスッとすべてが頭に入って理解できるようになっていたのです。

この「キーボードで打つことで理解できるようになる」ということに思い至ったときに、先日偶然見た「君が僕の息子について教えてくれたこと」という番組のことを思い出しました。



いま無名の日本人の若者が書いた1冊の本が世界20カ国以上で翻訳され、ベストセラーになっている。タイトルは「The Reason I Jump」(日本題:「自閉症の僕が跳びはねる理由」)。著者は、当時13歳の東田直樹さん、日本で7年前に出版された、自閉症である自分の心の内を綴ったエッセイである。自閉症者自らが語る極めて画期的な作品だったが、ほとんど話題になることはなかった。それがなぜ突然、7年もたって、遠くイギリスやアメリカでベストセラーとなったのか。
この本を英訳したのは、アイルランド在住の作家デイヴィッド・ミッチェル氏。彼にも自閉症の息子がいる。日本語教師の経験があるミッチェル氏は、東田さんの本を読んでまるで息子が自分に語りかけているように感じたと言う。息子はなぜ床に頭を打ちつけるのか、なぜ奇声を発するのか、息子とのコミュニケーションをあきらめていたミッチェル氏に希望の灯がともった。そしてミッチェル氏の訳した本は、自閉症の子どもを持つ、世界の多くの家族も救うことになった。
ミッチェル氏はこの春に来日、東田さんと感動の対面を果たした。これは、日本の自閉症の若者と外国人作家の出会いから生まれた希望の物語である。

http://www4.nhk.or.jp/P3229/26/


この番組はある自閉症の青年のことを取り上げた番組でしたが、この中でとても興味深いエピソードが紹介されていました。

番組に出ていたのは東田さんという自閉症の男性でした。
彼も最初は他の自閉症患者と同じく自分の考えをうまく言葉として発することができなかったのですが、パソコンで文章を書いたり、キーボードに見立てたものに手を置いてキーを打つ仕草をしながらであれば、一般の人と同じかそれ以上にしっかりとした言葉を紡ぐことができるのです。

自閉症の人はよく急に飛び跳ねたり、大声を出したり、何かに異常に集中してしたりするのですが、どれだけ身近な人もなぜ彼/彼女たちがそんなことをするのかということは当人が語らない以上、はっきりとした理由はわかりませんでした。ところが、東田さんは「自分がなぜ不意に飛び跳ねてしまうのか?」ということや、自閉症をわずらっている当事者として日ごろ自分が感じていることを文章や言葉で表現することができる。

そのことがとてもすごいことだと紹介されていました。


上でも書いたとおり、東田さんはキーボードという媒体を介することで自らが考えていることを正確に表現できます。「考える」という行為と「言葉を発する」という行為のあいだに「キーボードを打つ」という行為をはさむことで話せるようになる。その因果関係がよくわからないだけにすごくおもしろいなと思いました。


話を戻しますが、わたしはある書類を読んだときに「文章を読んでるだけだと理解できなかったのにキーボードで文章を書写しながら読み進めたら理解できる」という事実に気付きました。ためしに以前すごく読解できなくて諦めた専門資料を同じように書き写しながら読んだら、ふつうに理解できちゃったのです。

あ、東田さんといっしょだと思ったのと同時に、苦手を克服するいい方法を見つけたといううれしさはありましたが、それ以上にいままで感じていた自分自身に対する違和感の理由が見えた気がしてショックでした。わたしはこういう文章が苦手なのは単に頭が悪いからだと思い続けていたのですが、実は短期記憶が悪いことに起因しているのではないかと気付いたのです。


というのも、わたしは幼いころから短期記憶が異常に悪くてずっと困っていました。

  • たとえばいまやろうと思っていたことを次の瞬間には忘れてしまっている。
  • たとえば楽しく会話していたのに次の瞬間には何を言おうとしたのか忘れてしまっている。
  • たとえば朝に友だちと遊ぶ約束をしたのはおぼえているのに、帰りには誰と約束をしたのか忘れてしまっている
  • たとえば映画を観て帰るときにはもう観た内容を忘れてしまっている
  • たとえば本を読みながら話の内容が時折すっぽり抜け落ちている


そんなことがずっと続いていたために、ときにそのせいで日常生活に支障が出るほどでした。
他の人がどうなのかは聞いたことはありませんが、これはたぶん異常なんだろうなというのは容易に想像ができます。


この記憶の途切れっぷりがあまりにひどかったので小学校のときに一度だけ保健室の先生に相談したことがあったのですが、先生には「忘れないようにがんばろうね」と言われてそれっきりでした。みんなふつうにできてるんだから自分のがんばりが足りないんだなと思い、こんな相談をしたことさえ恥ずかしいと思ってそれっきり誰かに相談したことはありませんでした。


いまでもこういう短期記憶の悪さは改善されていませんが、細かくメモをとったり誰かと話すときには話す内容を箇条書きしておいて会話の途中でそれを見ながら話したりすることでなんとかしのいでいます。もう慣れたものです(笑)


ただ、そうやってその場しのぎでやり過ごしてしまったために、あちこちにできたほころびすべてを取り除くことはできなくてそういった未熟な部分をたくさん抱えた大人になってしまいました。じゃあどうしたらよかったのか?というと正直何にも思いつかないのですが、この短期記憶の悪さを解決出来たらもうちょっと人生が楽になりそうだなーとはあらためて思ったりしてます(おしまい)。

*1:と言ってもわたしが開発したものを出願したのではなく別のメンバーが作ったものの出願手続きをわたしがしたというだけです。出願経験があったために代わりにやったというそれだけだったりします。