失はれる物語

失はれる物語 (角川文庫)

失はれる物語 (角川文庫)

目覚めると、私は闇の中にいた。交通事故により全身不随のうえ音も視覚も、五感の全てを奪われていたのだ。残ったのは右腕の皮膚感覚のみ。ピアニストの妻はその腕を鍵盤に見立て、日日の想いを演奏で伝えることを思いつく。それは、永劫の囚人となった私の唯一の救いとなるが…。表題作のほか、「Calling You」「傷」など傑作短篇5作とリリカルな怪作「ボクの賢いパンツくん」、書き下ろし最新作「ウソカノ」の2作を初収録。

http://www.amazon.jp/dp/4044253064

わたしは自分が暗所恐怖症であることを思い知らされるような出来事が、ここ数日で2度ありました。
一度目は日曜日に自宅近くの子ども科学館へ行った時のこと。



館内にはさまざまなおもしろアトラクション(ってほど壮大なものではありませんが)があったのですが、その中で「真っ暗な世界を経験してみる」というコーナーがありました。入り口にはスタッフの方がいて、「完全な闇とはいったいどういうものかぜひ経験してみてください」とわれわれを暗闇へといざなっていました。
そのスタッフが女性だったのが決定的だった...わけでもないのですが、面白そうだなと入り口に進んで奥へと足を踏み入れました。一気に暗闇になったその瞬間、一気に心臓がバクバクいいだして、あわわ、このまま行くとまずいかも...ということでそそくさと退散しちゃいました。入ってすぐに逃げ帰った格好になってしまったのでものすごいビビリみたいで恥ずかしかったのですが、こればかりは絶対無理だと体がはげしく拒否反応を示していました。あんなの初めてでした。


そして二度目の恐怖体験はこの本を読んだとき。
本書のタイトル作品である「失はれる物語」を読んでいてわずか3ページ目を過ぎたところで固まってしまいました。
今まであまりに描写が生々しくて読みすすめるのが辛いという作品は結構あって、例えば東野圭吾さんの「さまよう刃」の残酷さは強烈でそれこそページをめくる手が完全に止まってしまうほどでした。


さまよう刃 (角川文庫)

さまよう刃 (角川文庫)


それでも一息ついて落ち着けば何とか読むことが出来たのですが、この「失はれる物語」はそんな甘いものではありませんでした。五感のほぼ全てを失ってしまい、完全な暗闇に追いやられてしまうというその設定は、わずかにその状況を想像するだけで気分が悪くなってしまいました。唯一残った感覚がかすかに指先に残った触覚だけって、もうありえません...。読むという行為すらままならず、ひとまず目をとおしては休んで、休んではめをとおしてを繰り返すばかりで少しずつ少しずつ読んでいきました。いま調べてみたらたった42ページしかないこの作品を読むのに3日もかかっていました。
文章だけでこれほど心をえぐられたのは初めてです。好き嫌い/得意不得意はさておき、ほんとうにすごいなと感心してしまいました。


もう二度と読みたくないけど。



また、この「失はれる物語」以外の短編いずれも、趣向がまったくちがっててこちらはたのしく読むことが出来ました。
そうそう。
映画「KIDS」の原作となった「傷」や、同じく映画化されたCalling You(映画版のタイトルは「きみにしか聞こえない」)が掲載されていたのですが、どちらも映画版を思い出しつつ読み進めました。映画版で変更した部分と比べながら、映像化するにあたってなぜこのように変えたんだろう...なんて考えてみました。


ちなみに一番好きなのは「手を握る泥棒の物語」です。こんなキュートな作品が書けるのに、「失はれる物語」みたいなキチガイ作品も書けるんだもんなーとシミジミ著者の異常性に思いを馳せてしまいました。やはりこの人は天才だ。