さよならバースディ

さよならバースディ (集英社文庫)

さよならバースディ (集英社文庫)

類人猿の言語習得実験を行う霊長類研究センターを舞台に、そこで働く研究者、実験をされるボノボを巡って引き起こされる人間ドラマを、上質のミステリーとして描いた傑作。

http://www.amazon.co.jp/%E3%81%95%E3%82%88%E3%81%AA%E3%82%89%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%87%E3%82%A3-%E8%8D%BB%E5%8E%9F-%E6%B5%A9/dp/4087747719

真実を知りたい。
付き合っていた彼女が飛び降り自殺してしまったとしたら、彼女がなぜそうしないといけなかったのか、その理由が知りたいと願う気持ちはよく分かるし、たぶんそれはどんな人でも同じ立場に立つ限りはそう願うだろうと私は思います。まして、自分がプロポーズをした直後にそのような事になったとしたら余計その気持ちは強くなるだろうと思うわけですが、この本を読み終えて、結果として真実を知ることがいったい何の意味をもつのか、非常に考え込んでしまいました。


「真実が知りたい」とある人が言った時、その人が本当に知りたいのは真実なのかどうかというのはよく見極めないと分からないのではないかと思う事が最近ありました。

 福島県立大野病院(福島県大熊町)で、帝王切開手術中の女性=当時(29)=が失血死した事件をめぐる裁判は、福島地裁で20日、執刀した医師に無罪判決が言い渡されたが、医療の現場や行政に対し、現制度や体制に変革を迫る結果となった。

 「医療界として患者に真実を説明する体制を整えてほしい。医療界が人の命のために(手術スタッフ)全員の意見がそろった手術をしていってほしい」。女性の父親で福島県楢葉町の会社員渡辺好男さん(58)は、判決公判終了後の記者会見で、現在の医療界への不満を語った。

http://www.kahoku.co.jp/news/2008/08/20080821t63011.htm

私がさまざまな情報を見聞きする限り、この件は医療事故ではないし、まして医師が裁判で裁かれなければいけないような事件ではないのではないかと思っています。無罪判決が出たのもさまざまな方面からの事実確認の結果そのように判断されたわけですし、妥当な判決だと言えるのではないかと。
なので、この判決に対して「真実を説明する体制を...」というのは正直何を言っているのか意味が分からないし、じゃあ真実っていったいなんだろうと考えさせられてしまったのです。
で、いろいろと考えたわけですが、結局出た答えは「真実を知りたい」と言ったとき、知りたいのは実は真実でも事実でもなく、自分の中で出来上がっている欲しい答えを「真実」として捻出したいだけなのではないかと思うわけです。今回のこの大野病院の件で言えば、「医師がミスをしたのが原因で起こった医療事故でした」というのが「真実」であり、医師が罰されるという結末以外は受け入れられないというわけです。


話はそれますが、この事件以来、産科を止める産婦人科が増えたという話もありますが、実際に私の近くでもこの事件以降に産科を止めた病院が3つあります。関係があるのかどうかは定かではありませんが、複数の医院がほぼ同時期に止めたという事を考えるとまったくの偶然とは思えませんし、無関係だと考える方がよほど不自然です。
産科が減ることは普通に日常生活を送る限りは何も影響がありませんが、いざ子どもが出来たときには驚くほど不便だということに気付くはずです。もしかしたら不便というレベルではなく、本当に子どもが産むことができない環境もあるのかも知れません。それほど産科は減っています。その状況について考えると、申し訳ないのですがこの家族にはまったく同情する気になれません。
あなたの知りたい真実はそれほどの価値があるのかと問いたくなります。


話がそれたので戻しますが、真実とは特別なものではなくて、知りえたとしても誰も救えるものではないと言う事実がとても強烈に伝わってきました。本当にそのとおりだと思います。


あと、この作品を印象付ける設定として自殺を目撃した唯一の目撃者が、片言ながら人間の言葉を理解出来るボノボだというのは答えが分かりそうで分からないもどかしさをうまく演出していて面白いなと感じました。