リストラされたチェロ奏者・大悟(本木雅弘)は、故郷に戻り、求人広告を手にNKエージェントを訪れる。しかし、そこの社長・佐々木(山崎努)から思いもよらない業務内容を告げられる。それは、遺体を棺に納める“納棺師(のうかんし)”の仕事。妻の美香(広末涼子)には冠婚葬祭関係=結婚式場の仕事と偽り、見習いとして働き出す大悟。だがそこには、様々な境遇のお別れが待っていた…。新人納棺師の日々と、葬儀に集まる多彩な人々を描く、ユーモアあふれる感動作。
『おくりびと』作品情報 | cinemacafe.net
TOHOシネマズ宇都宮にて。
全米が泣いたとかこの夏No1の作品とか、とかく映画にはJAROも真っ青の誇大広告が付くことが多いのですが、このようにどれもこれもおもしろい作品だと売り込むことが恒常的になってしまうと本当に面白い/感動する映画が出てきた場合にどのように告知してよいものなのか難しいのではないかと思います。
全米No1なんて、もう笑いのネタにすらならないほど使い古されていて、これが付いていることで「観にいこう」と思う人が増える*1メリットよりも、付けた事で「またNo1かよ...」と呆れられるデメリットの方が大きいのではないかと思いますし、「この○*2一番の△△*3」なんてのも年に4回しか使えない上にこれまた使い古された表現なので既視感しか感じられません。
この「おくりびと」という作品にもさまざまな売り込み文句が付いていて、そのひとつが「映画ライター、評論家、映画館スタッフが早くも「今年1番の作品!」、と大絶賛」というものでした。
これを観た率直な感想は「あらら、いろんな人を引っ張り出してきたのね」というのと「今年ももう9月だから別に早くもないよね」というものでしたが、普段から映画をたくさん観ている人がおもしろいって言ってるよ!!という売り込み方は分かりやすくていいなと感じました*4。
作品にあまり関係ないところで盛り上がってしまいましたが、「おくりびと」という作品はそんな売り文句だけでは到底伝わらないほど楽しくて切なくてそして心のそこから観てよかったと感じる作品でした。前述した「今年1番の...」というのは決して誇大広告ではなくて実際にその可能性を十分に秘めた作品ですし、わたしにとっても今年観た作品の中でも指折りの作品となりました。
まず最初にグッときたのが、開始直後の納棺の儀のシーンです。
悲しみを身にまとっている遺族の立ち振る舞いというか表情があまりにリアル過ぎて、わたしが今までに経験してきた大事な人たちとの死別が不意に思い出されて身につまされる思いで観ていました。横に座っていた3人のおばちゃん達は既に鼻水をすすって泣いていたのですが、そのシーンの直後に繰り広げられる予想もしていなかった展開に館内の湿っぽい雰囲気が一転して、一気に笑いが起こりました。わたしも思わず笑ってしまったのですが、不意に目に入った横のおばちゃんが泣きながら笑っていたのを見て、あー、すごい作品だなと感じました。
あのまま、泣いて終わらせられるシーンをあえて笑いにしてしまう思い切りのよさ。始まって5分程度の間の出来事ですが、このシーンにこそ、この作品のもつすごさのエッセンスが詰め込まれたとわたしは思います。
恥ずかしい話ですが、わたしはこの作品を観てとても泣きました。それは人の死と言うものがどれほど悲しいことなのかがとても伝わってきたし、でも、ただ悲しいだけではなくその別れの場を暖かくするための優しさもまたこの作品からは伝わってきたからです。
「人は誰でも死ぬんだ」という一般論としては当然のことも、自分自身に関わることとして考えたらとても当たり前などと悠長には構えていられない出来事です。故人ひとりひとりにそれぞれの人生があり、そしてその故人を取り巻く人たちにもそれぞれの生きてきた歴史があるわけです。
死のひとつひとつは特別であり、その「死」という故人の人生最後のできごとを暖かくおくるための仕事が納棺師という仕事なのだとこの作品はわたしに教えてくれました。
わたしが観ていてすごく関心をもったのが、ひとびとの職業観というものが薄ぼんやりとですが可視化されていた点です。
納棺師という「死」に関わる職業に就いたことで、友人からは仕事を選べと脅され、妻からは汚らわしいから触るなと罵られるのです。それまでこの作品を観ていた人にしてみれば「納棺師だって立派な仕事じゃないか」と言って擁護したくもなるのですが、でも実際に多くの人の持つ職業観ってそんなもんじゃないかと思うわけです。
士農工商という身分の下に身分を作った「えた/非人」*5なんかが影響しているんじゃないかと思うわけですが、死体処理なんていうのは身分の低いもののやることだという意識がどうしても日本人の中にはあるような気がします。誰だって汚れ仕事は嫌ですから、そう考えるのは当然だと思いますが、取り繕ってしまえば見えてこない人々の共通認識/意識が明確に表現されていて、なかなかおもしろいなと感じました。
あとは山形の庄内地方の風景はすごくよかったです。
あのあたりはさまざまな作品のロケ地として何度も映画が撮られていますが、特に冬の風景の美しさはやはり格別だと感じます。
そしてあの庄内という土地だからこそ、伝わってきた部分というものがあるようにも感じました。わたしが山形びいきという点を除いて考えても、あの場所には生きることと真正面から向き合うための何かがあるように感じるのです。
今度、庄内に住んでいる友人に遊びに行ってみようかな。
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