「今度は愛妻家」見たよ


かつては売れっ子のカメラマン・北見俊介(豊川悦司)は、いまは仕事もせずお気楽な生活を送っている。クリスマス直前のある日、俊介は妻のさくら(薬師丸ひろ子)に子作り旅行をせっつかれるまま、沖縄へと2人で出かける。しかし、その日を境にさくらと俊介に微妙な変化が訪れる。さくらは愛想を尽かしたかのような態度をとり、俊介は写真が撮れない、一層自堕落な生活を送るように。そんなある日、俊介はカメラに残された一枚の写真を見つける。それは、走っていくさくらの、小さくなった後ろ姿…。俊介は何かを少しずつ理解し始める――。アラフォー世代の夫婦愛を描いた中谷まゆみ脚本の舞台を、『世界の中心で、愛をさけぶ』の監督・行定勲と脚本・伊藤ちひろがタッグを組み映画化。

『今度は愛妻家』作品情報 | cinemacafe.net

宇都宮ヒカリ座にて。行定勲監督最新作。


最近、テレビで「木下工務店が初めてつけた評価10」という宣伝文句がやけに耳につく映画のCMがバンバン流れていますが、それはこの映画のCMです。普段から邦画をよく観る人でなければ「木下工務店の評価ってなに?」と不思議に思うかも知れませんが、木下工務店は邦画によく出資をしている企業として最近はよく知られた会社でして、スポンサーとしてスクリーンに名を連ねることも珍しくありません。
より詳しいことは破壊屋さんの記事(映画界に進出する謎の企業:木下工務店)をごらんいただきたいのですが、木下工務店が出資した映画は面白くないというのも実感を込めてうなづける事実です。しかもネタにして楽しめるような中途半端なつまらなさではなく、観たことを忘れたくなるくらいつまらないものも少なくないのも大きな特徴と言えます。現状、"木下工務店が出資した映画"というだけで回避されてもしょうがないのが実情です。


そんなわけでこのCMのせいで作品を観る気持ちがだいぶ揺らいだのですが、わたしは「遠くの空に消えた」を観て以来、行定監督の作品を追いかけ続けていますのでとりあえずCMは観なかったことにして映画を観に行ってきました。


で、結論からいうととてもおもしろかったです。
わたしのように、木下工務店が...と心配している人がいるのであれば、それは大丈夫と背中を押します。


「倦怠期にある夫婦が一度は離婚するんだけど離れてみたらお互いの大事さがわかった」なんていう話かと思いきや、こうであると思っていた世界が"ある出来事"をきっかけにポロポロと剥がれ落ちてしまい、その中からまったく違う事実が見えてくるという物語の二重構造にはとても驚かされました。
単なる北見のくどき文句だと思っていた言葉やよくわからない人間関係。この作品を観ながら頭の中に残されていたこれらいくつもの「?」がある事実が判明したことをきっかけに氷解したあとにそれらを思い返してみるとまったく違う見え方をすることに気付かされ、そしてタイトルに込められた想いにとても胸が苦しくなります。


本当に大事なことは失わないと分からないというのは真実かもしれませんが、でもこの作品を観たことで失ってしまう前にいつも近くにいる人の大事さに気付いた人がいるんじゃないかなと思います。夫婦で観てほしいということで夫婦割引が適用されていますが、たしかに夫婦そろって観たらおもしろいだろうなと感じる作品でした。


以下、ネタバレありで続きます。



口を開けばケンカばかりですっかり冷め切った夫婦に見えた北見とさくらでしたが、実はさくらは一年前の沖縄旅行で亡くなっていて、物語が進行する時間軸の中に出てくるさくらは北見にしか見えない虚像だったというのがこの作品で一番大きなキーポイントです。つまり、さくらがいなくなった世界でさくらを想いながら北見は日々を生きていたわけです。
この作品の主たる時間軸の中にさくらは最初から存在していなかったという事実が分かった瞬間、物語は一気に見え方が変わり、そしてそれまでの北見の行動が違ったものに見えてきます。
例えば、目も当てられないほど堕落した生活も、それが北見のだらしない性格によるものではなく、さくらを失ったことで生きる目的を失ったことによる結果だと分かるととても悲しいものであることが分かります。一事が万事見え方がガラリと変わってしまうのです。


この作品は物語の前提となる事実をあえて提示しないことで、観る側が思い浮かべる「常識的にはこうだろう」という思い込みを利用してミスリードを誘っています。こういうちゃぶ台返し的な構成というのは意外性で観る者を惹き付けることも出来ますが、一方では観る側に受け入れさせることもとても難しいです。ここでちゃぶ台返しという言葉を使いましたが、結局それまでのすべてが嘘だったと言ってひっくり返すようなものですから「そりゃないよ...」という気分にさせられることもままあるわけです。
思い出せるだけでも、昨年観た「パッセンジャーズ」とか「ダイアナの選択」なんかはこの悪いパターンに合致する作品でして、これらの作品は観てしまったことを後悔せずにはいられないほどがっかりしました。


そう考えると、この構成をうまくまとめただけでもすばらしいと思いますが、そういえば「クローズド・ノート」も似た様な構成だったことを思い出して、監督は案外こういう話が好きなのかも知れないなーなんてことを思ったのでした。


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