トウキョウソナタ


リストラされたことを家族に打ち明けられずにいる父・竜平(香川照之)。ドーナツを作っても食べてもらえない母・恵(小泉今日子)。米軍へ入隊する兄。こっそりピアノを習う弟。何もおかしいものなんてなかったはずなのに、いつの間にか深まる家族の溝。それでも、みんながみんなを思いやるとき、バラバラの不協和音が一つの旋律に変わる――。

『トウキョウソナタ』作品情報 | cinemacafe.net

MOVIX宇都宮にて。
家族の崩壊と再生を描いたすばらしい作品。エンドロールが終わった後も何となく立つ気になれず、ぼんやりと観たばかりの作品のことを思い返したところでやっと帰る気分になれました。今年観た邦画では「休暇」が圧倒的によくて(感想リンク)、今年はこれ以上の作品は無いだろうとたかをくくっていましたが甘かった。ストーリーや構成、キャストすべてが他の作品と比べて図抜けていた作品でした。DVDではなく、映画館で観る事が出来て本当によかったです。


わたしはこの作品を観ていて、半端なホラーを観るよりもゾクゾクしてしまいました。もうリアル過ぎるほどにリアル。この一言に尽きるのではないかと思うほど、家庭崩壊はこうして起こるというケースを目の当たりにしているように感じました。しかも最悪のケーススタディを見せられているようなそんな恐怖。ジワジワと真綿で首を絞めるように、それは作中で黒須が「ゆっくりと沈んでいく船」と表現していたけれど、まったくそのとおりで徐々に外堀を埋められて逃げ場を失っていくような恐怖を感じさせられました。


で、すごくうまいなと思うのが、どんなハプニングにも完全に逃げ道/回避策が無かったわけではないという点。例えば、香川がリストラにあった時だって会社にしがみつくなり、とりあえずリストラされたことを家族に話して再就職までの間は今までどおりの生活が出来ないことを話すなりすれば、家族の誰もが*1あれほのど不幸を経験せずに済んだかも知れません。つまり香川の選択次第でどちらにも転べたかも知れないというのがとても重要で、生き残れる道を残しつつ、でもその道を選ぶことをプライドが邪魔してしまうという構図が見ていてとても歯がゆい。なぜこれほどの窮地に立たされているのにも関わらずつまらない意地を張ってしまうのか?さっさとプライドなんて捨てられないのか?と、香川の行動にはギリギリと歯を食いしばってしまうのだけれど、でも自分が香川の立場になったとしてプライドなんて二の次にしてさっさと家族の生活を選べるのかと問われると「うーん...」と思わず考え込んでしまう。「プライドなんて捨てろよなんていうけどお前は出来るの?」といわんばかりの、そんな難しい問題を真正面から突きつけられたような作品であり、まさにぐうの音も出ませんでした。


ただ、家族という形が一度壊れきった後に見えてきた「新しい家族の形」というのは、きっとこの作品がもっとも描きたかったものなのだろうなと。既存のままでうまくいかなくなった時は壊れるところまで壊れてしまえばいい、その先に新しい形が生まれるんだというメッセージに救われた気がしました。すごく悲しいんだけどとても嬉しい。いっけん穏やかに見えた、あのラストに込められた想いの熱さにわたしは心のおく底からしびれました。


それにしてもこの作品の音楽がもーホントすごいの一言。冒頭で聴いた時はあまりに古臭い印象を受けておもわず苦笑してしまったのですが、これが後半にもなるとものすごい効いてくるのです。少しずつ家庭が壊れていくイメージ、もうどこにもいきようがないという閉塞感のイメージ、それらを完全に音で表現してしまったことに一切の誇張抜きにして、わたしは心底感動してしまいました。11月21日にサントラが出るようなのでそれは絶対に買おうと思います。


今年の邦画/洋画全ての中でも至高の一作。チョーおすすめです。


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*1:加えていうならば友人の黒須だってそうなのだけど