2025年も残すところあとちょっととなりました。
例年は遊んだゲームや観た映画、あとは読んだ本をまとめることが多いのですが、1年をとおして一番書いているのが日記なので日記で書いたことを中心に振り返ってみたいと思います。
月ごとのイベント
まずは各月の大きなイベントや記憶に残っている出来事をまとめます。
1月
1月は長女のはたちのつどいがありました。いわゆる成人式です。

大学に通うために離れて暮らすようになって2年近く経っていたのでもう十分大人だと思っていたはずですが、あの場で見ると改めて大人になってしまったんだなと思いました。昔、finalventさんが「考える生き方」という本で「家にいた赤ちゃんがいつの間にか家からいなくなっていた」というような言葉で子どもたちが巣立っていなくなってしまったときの心境を書いていましたが、その一節を思い出してしまいました。
子どもたちが自活に向けて成長してくれるのは嬉しいけれど、でも腕や足をもがれてしまったような喪失感もあってめんどくさいなと我ながら思ってしまいます。
2月
2月と言えば自分の誕生月です。今年は47歳になりました。
去年は直前に新型コロナにかかってしまって寝てたら誕生日が終わっていたので今年はちゃんと誕生日を誕生日として過ごせました。そんなのは当たり前のことだとずっと思ってましたがそうでもないんですよね。

あとは去年に続いて「ポリテクセンターにおもしろそうな研修を受けに行く」を実行したのも2月でした。


こういう仕事にまったく関係ないことを学ぶという活動はほんとうに心に効くというか、メンタルにいいのでこれからも宇都宮にいる限りは続けていきたいです。
3月
3月はいろいろあったのですが、大きいイベントは3つでした。
まずひとつめですが桜川市桜マラソンに参加してきました。
去年の11月にしらかわ郷里マラソンを走ってからはしばらく走ることができなくて、そんな状態だったので1月の下野天平マラソンも走ることができませんでした。そこから大会にはまったく出てなかったので4カ月ぶりのマラソンでした。

しかもコロナ禍以降は春先に怪我をすることも多くて参加できていなかったので桜川で走ったのは6年ぶりでした。大好きな大会だと言ってたのに6年もごぶさたしてしまっていました。6年ぶりの桜川はあいかわらずとても楽しかったです。
そしてふたつめですがさくらのクラウド検定という資格試験を受けました。

もともとパブリッククラウドのことはわりと好きで AWS と Google Cloudのことは普段から勉強しているし資格試験もいくつか受けていました。
ただ、一方でそのクラウドサービスが海外のサービスであることもすごく気になっていて、国内でこういうサービスがあったらいいのになとも思っていました。去年読んだ「マルチクラウドデータベースの教科書」という本にもソブリンクラウドのことが少し書いてあって、やっぱりそういうのがあるといいよなと思っていたのですがそんなときにさくらインターネットの田中社長のこのツイートを目にしました。
この流れのコメントを拝見して、長文になりますが、感じたことや、日本にとってリスクだなと思った事を、できるだけ客観的にコメントしたいと思います。… https://t.co/rmEWr20di5
— 田中邦裕社長@さくらインターネット (@kunihirotanaka) 2025年2月12日
書いてあることはほんとうにそのとおりだと思いますが、一方でさくらのクラウドをAWSやGoogle Cloudの代わりに使うのか?と言われたらそれは難しいとも思いました。とはいえ、そんなことを言ってたら一生国産クラウドの芽は育たないのでまずは自分が使ってみようと思ってそのきっかけにさくらのクラウド検定を受けてみることにしました。何か具体的なサービスを個人で作って提供しているわけではないので継続して触るのは難しいし、学習したことで既存のCSPとの差の大きさを余計に実感することになったのですがでもさくらのクラウドのことはずっと応援してます。
そしてみっつめは3年ぶりに家族4人で愛媛に行ってきました。
目的はマイントピア別子に行って別子銅山を見ることです。


長女が何となく行きたいと言ってたのを自分がおぼえていたのがきっかけかどうか分かりませんが、急きょ4人で家族旅行をしてきました。急に決めたので泊まる場所がなかなか見つからなかったりスケジュールがタイトだったり、あとは全員の予定を把握したうえで実現できそうな計画を立てること自体がもう大変でしたが、このタイミングで行かなかったらもう4人では行けなかったなと思っています。
4月
4月は特別なことがまったく何もない一か月でした。
日記をすべて読み返しましたが何もありませんでした(笑)
唯一いつもと違ってたのは「片思い世界」という映画を観に行ったことでした。

スピリチュアル量子力学を題材にしていた点は許しがたいのですが、主演の3人がめちゃくちゃかわいかったので100点です。
5月
5月も4月に続いて大きなイベントはありませんでした。
実は4月もそうなんですが、不定期に脚が痛くなってしまって走れなかった時期でした。

4月と5月、あとは9月は走っては脚を痛めて休み、休んでよくなったと思って走ったらまた脚が痛くなるを繰り返していました。思い出すだけで悲しくなります。
6月
6月は3つのイベントがありました。
ひとつめは3月以来、3カ月ぶりにロードレースで走ったことです。

4月、5月とまともに走れなくて、走ったとしても30分走しかしてなかったのですが10kmコースを走ってきました。
この大会はいつも暑くてタイムはひどいのですが今年はとくにひどくてとても落ち込んでしまいました。走ってないんだからタイムなんて気にしても仕方ないし割り切っていたつもりでしたが、いざ50分を優に超えるタイムを出してしまったらちょっと気持ちがへこみまくってしまいました。
ふたつめは Switch2 が我が家にやってきました。

何度か抽選に外れているうちにどうでもよくなって放置してたら当たってしまいました。
買ったときは「Switch2でしかできないゲームで遊びたいものがないな...」と思っていたのですが、半年経ったいまでもSwitch2版のゲームはひとつも遊んでなくて Switch のゲームを遊んでます。
そしてみっつめは 今年もAWS Summit Japan に参加しました。

2023年に仕事の関係で参加したことをきっかけに、今年で3年連続の参加となりました。
3年前に初めて参加したときはそんなに混んでなかったのでこんなもんかと思ってましたが、コロナ禍が過ぎたからなのか毎年どんどん人が増えていて今年はめちゃくちゃ多かったです。
2023年

2025年

分かりにくい...w
AWS Summit は AWS の最新情報を知るためというよりも、普段関わることのない分野の業種がどんなふうにパブクラと関わっているのかを知ることができる場なので行ってます。とはいえ、幕張まで行くのがめんどくさいというのは毎回思っていてそろそろ "行きたい気持ち" よりも "遠くまで行くめんどくささ" のほうが勝ちそうな雰囲気になっています。来年は行くかどうかちょっと迷いそうです。
7月
7月は1つのイベントと1つの悲しい出来事がありました。
まずイベントですが、両親と自分の3人で長崎県へ旅行に行ってきました。


親と3人で旅行なんて初めてでしたがとても楽しかったです。準備は死ぬほど大変だったけどよい思い出になりました。
そして悲しい出来事は体調不良で次女のオープンキャンパスに一緒に行けなかったことです。
月曜日にちょっと歯が痛いなと思っていたらどんどんひどくなって最後は高熱を出して寝込む羽目になっちゃいました。実は1年前にも似たような不調を抱えたことがあるのですが、原因が不明なままでした。今回こそ原因を特定しようと病院に行ったのですがまったく解決に至らなくて今年も原因は不明なままでした。
とてもどうでもいい話なんですが、通勤途中にカブトムシやクワガタが跋扈するくぬぎの木があることを知って興奮していたのも7月でした。
8月
8月は大きな出来事というか、イベントはほとんどなかったのですがいくつか記憶に残っていることがあります。
ひとつめは桃のコンポートを作りました。

人生初のコンポートでした。これに使える桃が欲しくてろまんちっく村まで買いに行ったのですが、買ったうちのひとつからゴキブリが出てきたのがハイライトでしたw
そしてふたつめは盆踊りを見に行ったことです。

仕事帰りにちょっと見てみるということはしたことがあるのですが、わざわざ見に行ったのは今回が初めてでした。今年は次女が見に行くと出て行ったのでなんとなく後から行ってみました。地元のお祭り感があって楽しかったです。
最後にみっつめは次女の通う高校に文化祭を見に行ったことです。

長女のときは一般公開も制限されていてなかなか行けなかったのですが、次女のときは3年間毎年参加しました。家で見る姿とは違う次女を見ることができてとてもいい思い出になりました。
9月
9月は目立ったイベントはありませんでしたが、環境の変化がいろいろあった月でした。
ゼロから作って15年も関わっていた業務から離れて別の部署に異動しました。
あとは夏休みもとったのですが、脚が痛くて走れなかったし他に何も予定を入れてなかったので過去一番何もしない夏休みでした。

ゲームしかしてない。
10月
10月は盛りだくさんな一か月でした。
ひとつめは2泊3日で秋田に帰省してきました。

祖母の13回忌でしたが、あれからもう13年も経ったのかととても遠い目をしてしまいました。みんな相応に歳をとったよなあ...という当たり前のことを思った3日間でした。

あとは長女がいっしょに参加してくれたのはとてもうれしかったです。
ふたつめは情報処理技術者試験で安全確保支援士を受けてきました。

申し込んだものの、まったく勉強していなかったので受けるのは止めようかと思っていたのですが今回で集合試験は最後だというので記念受験してきました。自分が宇都宮に住み始めてから4回くらい情報処理技術者試験を受けたのですがそのうち3回は宇都宮大学の峰キャンパスで受験しました。
ちなみにこの試験結果が先日出て落ちてましたw
みっつめは2年ぶりにジャパンカップのクリテリウムを現地で観てきました。

去年は秋田に帰省しなければいけなくて参加できなかったのですが、今年はVIP席で観戦できました。自転車競技は現地で見ると迫力が違います。
よっつめは柏崎マラソンへの不参加です。
もともとは参加予定でエントリーもしていたし宿泊先も半年以上前に確保していたのですが、大会一週間前に妻が車をぶつけられてしまって車がつかえなくなってしまいました。車がなくなっただけなら新幹線を使えばいいんですが、怪我というほどの怪我ではないものの不調の家族を置いて走りに行く気にはならなくて結局不参加となりました。行かなかったこと自体はまったく後悔していないんですが、行けなかったことはとても残念だなと思っています。
※ 妻はすっかり元気になりました
あとはイベントではないのですが、2025年10月4日で結婚してから8000日目を迎えました。8000!
11月
11月は1年をとおして1番楽しかった日と1番悲しかった日がありました。
ひとつめはしらかわ郷里マラソンに参加してきました。

例年というか、ここしばらくマラソン大会は一人参加でしたが、今回は帰省中だった長女がひさしぶりに行きたいと言ってくれたので家族4人で行ってきました。しらかわ郷里マラソン自体がすごく好きな大会なんですが、家族4人で行けたことでさらに楽しく走ってきました。
そしてふたつめは22回目の結婚記念日がありました。
結婚記念日はひとつめのしらかわ郷里マラソンと同日でして、走った日の夜にお祝いにふぐ料理を食べに行ってきました。


自分以外はみんなふぐ料理は初めてだったのでとても喜んで食べてました。生ものや海産物はほとんど食べない次女も今回はめずらしくいっしょにいろいろ食べてました。
みっつめは入社当時からお世話になっていた方が亡くなりました。
自分が入社した当時は同じ部署にいていろいろ教えてもらっていて、異動してからもその人が詳しい方面で分からないことがあれば相談しに行ったりしていた方でした。11月で定年退職の予定でしたが定年を前に亡くなってしまいました。亡くなった直後もとても寂しかったのですが、仕事中に分からないことが出てきて「〇〇さんに聞いてみるか」→「あ、もういないのか...」と思った瞬間の言いようのない喪失感がとてもこたえます。
まとめ
日記を読んで整理するだけなので1日で終わるだろうと思っていたのですが、気付けば足掛け一週間くらいかかってしまいました。資格試験の勉強や家族がインフルエンザに感染したりということもあって、まとまった時間がまったくとれなくてこんなに時間がかかってしまいました。
振り返る前は「今年は何もなかった年だったな」と思っていたのですが、改めて振り返ってみるとわりといろんなことがあった1年だったんだなと思いました。旅行に行ったことなんかはちゃんとおぼえていますが、そうじゃないことはわりとあっさりと忘れていて自分の記憶力のなさを思い知りました。
今年を振り返って改めて異様だなと思ったのは、3月と7月に家族で旅行に行っていることです。
とくに3月の愛媛はなんでそういう話になったのかぜんぜんおぼえていないのですが、いま思うと家族4人で旅行に行くことなんてこれから先は早々なさそうなのであのタイミングで強行できてよかったなと思っています。予定を決めたり予約をとったりするのもほんとうにしんどくて準備中は「なんで行くって言っちゃったんだろう」と思っていたのですが、みんなが楽しかったと言ってくれたり自分もとても楽しかったのでよかったです。
あとは7月の両親との旅行についても、普段はあんなふうに誘うことはないし両親もあんなほいほい乗ってくるタイプでもないしなんだか珍しい流れだったなと思っています。
プライベートはわりと充実していた一方で、仕事はほんとうによくない1年でした。
よくない1年というかここ7年くらいはずっと自分のパフォーマンスに不満をおぼえているのですが、2025年はその不満が肥大化して抱え続けた1年でした。
もともとは体調不良をきっかけに始まった不調でしたが、一過性のものだと思ってやり過ごそうとしてきましたがさすがにこれだけ続くともうこれは恒常的なものだと思わざるを得なくなりました。そう思いつつも何とか乗り切ろうと思っていたのですが、40代も残すところあとわずかとなった以上は認めて向き合わないといけないなと覚悟が決まりました。家族とも話し合いながらどうするのかを決めようと思います。
まとめてみて悪くない、というか家族みんなが健康で楽しく過ごせたよい1年だったなという気持ちになりました。いい気分で年が越せそうです。

