「岸辺の旅」読みました

岸辺の旅 (文春文庫)

岸辺の旅 (文春文庫)

きみが三年の間どうしていたか、話してくれないか―長い間失踪していた夫・優介がある夜ふいに帰ってくる。ただしその身は遠い水底で蟹に喰われたという。彼岸と此岸をたゆたいながら、瑞希は優介とともに死後の軌跡をさかのぼる旅に出る。永久に失われたものへの愛のつよさに心震える、魂の再生の物語。

http://www.amazon.co.jp/dp/4167838117/

湯本香樹実さんの著書を黒沢清監督が映像化すると聞いてかなり興味がわいてきたので映画を観る前に原作を読んでみようと手に取ってみました。

湯本さんの書いた作品としては「夏の庭」とが一番有名だと思いますし、わたしも「夏の庭」を読んで湯本さんの作品にめざめました。湯本さんの本でタイトルに四季が入っている作品が3作品あるのですが、「夏の庭」「春のオルガン」「ポプラの秋」という3作品はどれも大好きな作品です。あとは「西日の町」もこれらの3作品と似た雰囲気を感じる作品だと思っています。

いずれの作品もお年寄りと子どもの交流(と呼ぶにはやや乱暴な関わり方をすることがあるのですが)を描いているのが印象的です。

湯本さんは子どもが老人と関わる様子が好きなのかと思っていたのですが、本作「岸辺の旅」を読んでそうではなかったことを知りました。湯本さんは「生と死」をつなげることが好きだったんだなと初めてそこに思い至りました。


本作は3年前に失踪した夫が帰ってきたけど実は彼はもう死んでいて、その死んだ場所から旅をして帰ってきたというところから話が始まります。文字だけ読むとリアリティのないファンタジーな設定だなと思うのですが、いざ読んでみるとファンタジーなんていう言葉で押しのけることができないほどにこの物語にリアリティを感じてしまうのです。

夫は死んだ場所から長い旅を経て妻の元へと帰り、そして今度は妻を連れてその死んだ場所へと旅に出るのです。

死者は死んでなお生者とつながり、この世の中でいくばくかの役割を与えられてそれを果たしている。

生きている妻と死んだ夫の旅を読みながら、湯本さんの書いた本はすべて生者と死者の物語だったんだなと思うようになりました。生命がついえそうな老人を死者と、これから生きていく未来を抱えている子どもを生者と置き換えてみればこの作品と構図はまったく同じだなと。生きているものが死にゆくものとゆるくつながりながら、彼らに支えられながら生きていく。


わたしはこの物語を読みながら「死んだあとにこういう旅ができるのであれば死ぬことなんてまったく怖くない」と思ったし、これがこの世の真実であってほしいと願いたくなりました。