「別離」見たよ


妻・シミン(レイラ・ハタミ)と夫・ナデル(ペイマン・モアディ)、そして11歳の娘・テルメーは住み慣れたイランを出ることに。しかし、夫は病気の父の看病のために残ることを決意。シミンは離婚を申し出るが裁判所から却下され、仕方なく別居することに。ナデルは父の世話役にラジエーという女性を雇うが、ある日父がベットから転落する事故が起こり、怒ったナデルはラジエーを追い出してしまうのだが…。

『別離』作品情報 | cinemacafe.net

(注意)
作品のラストに関する考察を書いている部分があるので未見の方はご注意ください。


宇都宮ヒカリ座で観てきました。

ある夫婦が離婚しようとしたことをきっかけにして起こった出来事が次々と悲劇へと連鎖していく様子を描いた作品でして、観終えた後にずっしりとしたものが心に残るよい作品でした。観終えた後...というか、観ている最中も相当しんどくて心が振り回されっぱなしの2時間でした。


なぜ本作がここまで観ているわたしに強烈なインパクトを与えたのか考えてみたのですが、一番大きな要素は説得力のある展開を実現した見事な脚本と演出ではないかと思います。刻々と状況が変化する様子やその時々の登場人物たちの心情描写がとにかくすばらしく伝わってきまして、観ていて引き込まれずにはいられないのです。


そしてもう一つは、わたしにとって本作が描く内容が半径一メートルのテーマ*1であったことが大きく影響しています。


この作品は、冒頭でも書いたとおり夫婦が離婚をしようとしたところから始まった一連の出来事を描いているのですが、そこで描かれる出来事というのは非現実的な出来事を大げさに描いているわけではなく、むしろ一定の年齢になったときに普通に起こりうる*2ようなことを描いています。


年を取れば親の介護の問題は出てくるし、夫婦だってずっと一緒に入ればいろいろとあります。子どもがいれば、その教育やら育て方についてもめることだってあって当然です。さらにその起きたことには何かしらリアクションを取らなければならないわけで、気付けば何もしていないのに次々と何かを選択しなければならない状況におちいってしまうのです。

だから、どれだけ日常的に自分の身に災難が降りかからないように万全を期したとしても、何気なく日々を過ごしていく中で自然発生的に起こる出来事から身を滅ぼすような出来事に見舞われてしまうことだってあるわけで、結局はこういった不幸から身を守ることはとてもむずかしいのです。


何か悪いことが起こればその原因を突き止めて、その原因を作った人を責めたててやろうと思ったりもするわけですが、現実には明確に誰かが100%悪いことなんてのはなくて、こんなふうに原因を追えば追うほど「しょうがないことだよね」としか言いようのないことがほとんどなのかも知れないなと思わざるを得ませんでした。


重い...。重いよ!


公開前からすごい作品だといううわさは散々聞いていましたが、観てみて納得のすばらしい作品でした。


さて。
この作品において、ひとつだけ明確に描かれなかったことがありまして、それは別れることになった両親のどちらと一緒に暮らすことをテルメーが選ぶのかということです。

ラストの裁判所のシーンでその選択を迫られたテルメーは「気持ちは決まったけど今言わなくてはダメか?」とその場で答えることを躊躇し、答えるのであれば...と両親に席を外してもらうのです。

保身のために嘘をつこうとした父。
家族のことをないがしろにして出て行って身勝手に振る舞う母。

見たくなかった両親の姿を見てしまったテルメーはもうどちらとも住みたくないと思ったんじゃないかなと感じたし、そう考えるとテルメーの選択はおのずと両親との決別になるのかなと思ったのです。もちろんそういう選択肢が許されるのかどうか分からないし、もしかしたらそうじゃないかも知れません。

ただ、11歳という多感な時期に両親の離婚騒ぎや嘘をついてまで身を守ろうという身勝手さを目の当たりにしてしまったときの絶望たるや大人の私にはもう想像の及ばないほどのものではないかと思うわけです。


タイトルの「別離」という言葉が示すとおり、本作にはたくさんの断絶や別れが描かれていましたが、本作を締めくくったあのラストシーンもまた決定的な別れを描いているんじゃないかなと感じましたし、とても苦くて辛いシーンでした...。


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(おまけ)
あまり本筋と関係ないのでおまけとして書きますが、わたしがこの作品を観ていておもしろいなと思ったことの一つに、相手の非を暴こうとすればするほど自分の痛くない腹まで探られてしまうということが挙げられます。

物理の世界では「作用反作用の法則」というのがありまして、何かに作用を与えたものは自分自身も同じだけの作用を逆に受けているということをあらわす法則なのですが、相手を責めることで逆に自分も同じだけ責められることになる可能性が生じるというのはまさに作用反作用の法則と同じなんですよね。


さらに相手の非を見つけ出してしまったとすると、今度は途端に相手の言っていることすべてが嘘なんじゃないかと疑わしく思えてしまったります。そうなるともう相手のすべてが信じられなくなってしまうので、その非がある部分だけでなく相手のすべてを否定したくなるときもあるのです。本当はひとつひとつの過ちを正し、非を正していけばよかったはずなのに、相手への信頼が削り取られてしまったがゆえに、あっという間に取り返しのつかないところまでいってしまうことってよくあるし、これってすごく悲しいことだよな...としみじみ考え込んでしまいました。


(もうひとつおまけ)
そういえば、結局無くなったお金を取ったのって誰だったんだろう。
信仰心の強さを考えればラジエーでないことは間違いないと思いますが、おそらく無くなったこともまた事実だと思うのです。テルメーも無さそうなので、残るはシミンかお爺ちゃんか....。見逃したかも知れないのでもしご存知の方がいれば教えてください。


公式サイトはこちら

*1:半径一メートルというのは、「桐島、部活やめるってよ」で神木くん演じる前田が所属する映画部の顧問が撮る映画のテーマとして身近なことを題材にしろという意味で使った言葉です

*2:それこそ日本でも起こってもおかしくないくらいの出来事ばかりでした