
- 作者: 宮下奈都
- 出版社/メーカー: 実業之日本社
- 発売日: 2009/10/17
- メディア: 単行本
- 購入: 2人 クリック: 33回
- この商品を含むブログ (27件) を見る
御木元玲は著名なヴァイオリニストを母に持ち、声楽を志していたが、受かると思い込んでいた音大附属高校の受験に失敗、新設女子高の普通科に進む。挫折感から同級生との交わりを拒み、母親へのコンプレックスからも抜け出せない玲。しかし、校内合唱コンクールを機に、頑なだった玲の心に変化が生まれる…。あきらめ、孤独、嫉妬…見えない未来に惑う少女たちの願いが重なりあったとき、希望の調べが高らかに奏でられる―いま最も注目すべき作家が鮮烈に描く、青春小説の記念碑。
http://www.amazon.co.jp/dp/4408535605
twitterでおもしろいよと教えていただいたので軽い気持ちで手に取ってみたのですが、さりげない日常に配置された「気づきの瞬間」を見事に切り取って描いていたすばらしい作品でした。
いままで当たり前のようにそうだと思っていたことが単なる思い込みでしかなく、実はもっと違う姿があったことに気づいた瞬間に訪れる視点の大きな変化。それはまさに「パラダイムシフト」とでもいうべき大きな価値観の転換の瞬間でもあるわけですが、その人にとっての「人生のターニングポイント」とでも言うべき一瞬を見せ、感じさせてくれる一冊でした。
わたしが青春モノ好きということを差し引いてもこれはすごい作品です。
本書はある高校の同じクラスにかよう女子高生6名それぞれが主役として描かれている7編の短編集*1なのですが、それぞれが独立しているわけではなくて、たとえば同じ出来事をそれぞれの子の視点で切り取って見せることでより立体的な世界を感じることができるのです。
さらに、上でも書いたようにそれぞれの物語にはたくさんの気づきの瞬間があるのですが、そのひとつひとつの気づきは他者への誤解が理解へと変わる瞬間でもあり、そのことが物語に、そして登場人物の魅力へと昇華されていたと感じました。
そしてもうひとつすばらしいと感じたのはトピックの選び方とその語る内容のバランスの良さです。
世の中の多くのことには似た側面が必ずあって、それぞれを抽象化してエッセンスを抜き出すことは比較的容易にできます。
それらのエッセンスは多くの人が体験したなにかと共有している事実を含んでいるために、そのことがあたかもこの世の真実であるように感じることもあります。ですが、いくらエッセンスだと言っても所詮それらは多くのことに共通している一部を抜き出して並べたものに過ぎず、それ自身は何も表していないも同じであるとわたしは思います。結局、内容が抽象的であるがゆえに、その話を聞いた人が経験を投影して肉付けできなければただの一般論に過ぎず、聞き手にとって価値あるものになるかどうかは話し手への信頼にゆだねられることになります。
では逆に抽象化していない個人的なことの方が興味をもってもらえるのかというと意外にそうでもなく、個人的過ぎる話は共感できる部分も少ないためにその場で消費されるだけになります。2chのまとめサイトで紹介されている自分語りの話は大抵これですよね。
# ここでいう個人的な話というのは具体的な事例のことであって事実/創作を問いません
なんて、こんなことを言い出したら何にも書けないし言えなくなるのですが、わたしが言いたいのは聞き手に興味をもってもらって話したことを伝えるためにはこの両者のバランスがとても大事だということを言いたいです。
多くの人に共感をおぼえる事実を、具体的な事例を交えて語ること。
他者に伝えたいことを伝えるために大事なことはたったこれだけだとわたしは思っているのですが、これがじつに難しくて私自身は実際にそんな文章を書いたことはありませんし、そんなふうにだれかに話せたこともありません。
ところが本書はこの高いハードルをきっちりとクリアしていて、多くの人が経験したことのある「気づきの瞬間」を個人的過ぎない物語として見事に語り尽くしていました。わたしには女子高生だった過去は1秒もありませんが、日常に生まれる気づきの瞬間を共有できるこの語り口のうまさは本当にすばらしいの一言に尽きると思います。
今年のベストどころか、オールタイムベストになりそうなくらい大好きな一冊です。
*1:6名のうち1名が2回主役になっています