「瞳の奥の秘密」見たよ


長年勤めた刑事裁判所を退職し、25年前の未解決判事補佐の職を引退したベンハミン(リカルド・ダリン)は、忘れがたいある事件を題材に小説を書き始める。それは、1974年にブエノスアイレスで結婚間もない女性が殺害された凄惨な事件だった。ベンハミンは、犯人を割り出すことに成功するが、事件は解決しなかった。それから25年。彼は過去と決別するために、事件の裏側に潜む謎と、今も変わらぬイレーネへの秘めた想いに向き合うことを決意する。果たして、ベンハミンは失った歳月を取り戻すことが出来るだろうか――?

『瞳の奥の秘密』作品情報 | cinemacafe.net

宇都宮ヒカリ座にて。


時間というのは不思議なもので、誰もがその存在を知っているけれど誰もがその実態をつかみきることが出来ない、もっと端的に言えば「あるのはわかるけど何なのかは分からない」とも言える雲のような存在です。人間に限らず、すべての生きとし生けるものは時間をコントロールすることはままならず、ただその時間が一方向に進む中を生きることを許されています。
時間というのは何とも理不尽なものなのです。


実は時間は私の大好きなテーマでもあるので言いたいことがたくさんあるのですが、とりあえずここでは余計なことは書かないことにして、本作品のすばらしいところはそのように時間に流されることによって人はどう変わり、どう変わらないのかがとても正確に描かれている点にあります。


話はちょっと変わりますが、最近定年退職をしてから自らに関する何かを残したいと自伝を自費出版をしたがる人が多いそうですが*1、年をとるとそういう名声欲に近い承認欲求みたいなものがムクムクと顔を出す人が多いようです。
何でそうなるんだろう?と考えたことがあるのですが、もう何かを成し遂げることもないと悟った人が過去の自分に目を向けて注目してもらいたいと思ううところに理由があるんじゃないかなと。
端的にいえば、未来のある人間は未来に目を向けるし、未来のない人間はその代わりに過去に目を向けるというただそれだけのことなのかも知れませんが、とにかく年をとると未来の事よりも過去に目が行くようになるという一面はあると思います。
本作で、主人公のベンハミンが自身が過去に関わった事件に目を向けてそれを小説にするというくだりはまさにそのような心境をうまく表していて、国や時代は違えども、年を取った人間のすることというのは大体同じような方向に向けて収束するという事実が描かれています。


そして作中でこれと対比されるように描かれているのが、「人にはどんなにいろいろと変えても絶対に変えられないものがある」という主張です。その変えられないものというのは人によってさまざまですが、「三つ子の魂、百まで」ということわざにもあるとおり、ある年齢になった人間にはもう変えることのできない人生における哲学みたいなものがあるという主張が本作では鍵となって出てきます。
これについて具体的に書いてしまうとネタバレになってしまうのでここでは書けませんが、一度土に根を張った木は移動することが出来ないのと同じようにその本質の部分を替えることはできないということを、おぞましい行為を介して示してくれます。


時間の経過によって変わるものと変わらないもの。そのエッセンスを見事に描ききったすばらしい作品でした。


公式サイトはこちら

*1:特に目立つところのない普通の人の半生を書いた自伝を読みたがる人がそんなにいるとも思えないので、思い出づくりみたいなものなんでしょうが