人生の卒業式 / 「シングルマン」見たよ


1960年代のロサンゼルス。長年連れ添ったパートナーを失った悲しみに打ちひしがれつつ、生きる価値を見出そうと苦悩する大学教授のジョージ。失われた愛への悲痛な思いと記憶を美しき映像と演出で描く愛と喪失の物語。カリスマデザイナー、トム・フォードの初監督作品。

『シングルマン』作品情報 | cinemacafe.net

シネマハーヴェストウォークにて。


卒業式。
わたしが参加した最後の卒業式と言えば大学/大学院時代の卒業式のはずですが、でも卒業式と聞いて思い出すのはもっと以前の中学や高校の方の卒業式です。過ごした時間の長さや記憶の新しさという点では絶対に大学時代の卒業式をまっさきに思い浮かべてもよいはずなのですが、そこは10代という時期の多感さゆえか、中高時代の卒業式が最初に思い浮かんでくるのです。


3年間という時間を共に過ごした人たちや、通い続けた校舎との別れ。
学校という階級社会の中では比較的下層にいたと自負している私でさえも、その別れは本当に寂しくて切ないと感じたのです。


卒業式当日。
普段と同じように学校へ行こうとしたのですが、なぜか目に入るすべてのものが普段と別物のように見えて驚いたことをよく覚えています。自宅から最寄りの駅までの道や電車の中の風景。そして電車を降りて学校までの長い長い道や、その道中にある小さな個人商店のたたずまい。さらには学校の正門やそこから見える校舎、そして教室と、すべての景色がいつもと違う表情でわたしは迎えているように感じました。
この時のことを思い出すと、いつもは「おー!」と片手を挙げるように気軽に接してくれる友だちが、突然「おはようございます」と姿勢を正して挨拶してくるようなそんなこそばゆさを伴った違和感が湧き上がってきます。


本作をみて感じたのは「別れを決意した日の風景がいかに特別に感じられるのかということ」であり、つまりは見慣れた風景も卒業式の日には特別に見える理由のエッセンスが入っているということでした。つい観ながら自分の過ごした卒業式のことを思い浮かべてしまいました。全然卒業式とかの話じゃないんだけど、でもまったくそういう特別な日の匂いが作中のすべてのシーンから感じられました。


実際に、じゃあこの作品が好きなのかと問われたら決して大好きとは言えないのですが、でもわたしはこの作品を観てものすごく感動したんですよね。すごい作品だなというのはすごく感じたのです。


例えば作中では比較的静謐な映像が続くのですが、その静けさとは対照的に映像のあちこちからさまざまな情報が発信されていてそれはもうにぎやか過ぎるくらいにぎやかだとも言えるのです。
例えば、いつもはまともに顔さえ見ないであろう秘書の顔をじっと見つめて声をかけたり、時計を何度も見る仕草を映すことで時間が過ぎる速さを表現したり、さらには普段とは違うということを講義中のジョージの態度が普段とどうも違うらしいという超遠回しに表現したりしているのです。
そしてこれがすごいと思ったのですが、それが単なる婉曲で間接的な表現と感じられるのではなく、むしろ直接的に表現されるよりもまっすぐと観る側に伝わってくるのです。
これをどうやって言葉で表現したらよいのかわかりませんが、例えば「君にはがっかりしたよ」と言われるよりも、「はぁ....」とがっかりとした表情で肩を落とされる方がグサッと心に刺さるようなそんな感じなんですよね。


ジョージが自殺をしようとしていることについては途中まで直接的な表現はまったくなかったのですが、でもみていれば彼が最後の日だと覚悟していることはすぐに伝わってくるんです。これがもうすばらしい表現力!伝達力!


すごくいい映画でした。


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