元漁師の忠男と18歳の孫娘・春は忠男の最後の住まいを求めて北海道から東北へと向かう。それは行き先はあっても戻る当てはないかのように思われた旅の始まり。2人は親戚の家を訪ね歩くが…。
『春との旅』作品情報 | cinemacafe.net
(注意)
作品の内容、結末に触れている部分がありますので未見の方はご注意ください。
宇都宮ヒカリ座にて。
足が悪くなったおじいちゃんが、疎遠になっていた兄弟に同居してくれるように頼んで回るというユニークなロードムービーでしたが、「何で人間って人間ってこんなにみじめな思いをひきずってまで生きなければならないんだろう?」とか「家族って何なんだよ!」といった苦くて辛い思いが次々に湧き上がってきました。人間って、ただ生きているだけでもそばにいる人を傷つけてしまうしそれは生きている以上は避けては通れないことなんだけど、それを受け止めて生きていくためにはどういう覚悟が必要なのかと考えてしまってスクリーンからまったく目が離せませんでした。
心のひび割れたところからしみ込むように悲しい気持ちがしみ込んできて、観ているわたしの心をジワジワと侵食して切なくなりました。
兄弟というもっとも近い血縁にある者同士であっても、ひとたび大人になって離れて暮らすようになればもはや他人同然の存在に成り下がってしまいます。離れて暮らす血縁者よりも近くにいる他人との人間関係の方が大きくなっていくのは自然なことですからこれはもうしょうがないことだと言えます。むしろ下手に血縁というだけで互いの存在を疎み、憎しみ合うこともあるくらいですから、単に興味を失うだけであればましな方なのかも知れません。
本作において、「兄弟なんだし誰かは面倒見てくれるだろう」という忠男の甘い考えはすべての兄弟から同居を断られることであっという間に打ち砕かれてしまい、自身にはもう行く場所がないことに忠男は愕然とさせられます。その過程で兄弟の口から伝えられる忠男の過去の行動は疎まれるに値するもののように感じましたし、つまり兄弟たちの反応はしごく当然であると感じたのです。
いままで好き勝手にやっていたくせに、困ったから助けてくれというのは正直虫が良すぎるとわたしも思いますし、そもそも兄弟だというだけである日突然来て養ってくれと言われたところで、自分の生活を支えるだけで精一杯の状況にある人にはどうしようもないんですよね。
そして、近親者からの拒絶という絶望の淵に追いやられた忠男に救いの手を差し伸べたのは、一度は一緒に住むことを拒んだ春と、彼がつながりの中心に据えて考えていた血縁ではまったくつながっていない「死別した娘の元旦那夫婦」であるというのはすごく面白いと思うし、信じていた人に裏切られたり、予想もしていなかった人に助けられたりするという出来事はまるで人生の縮図のような何かを感じるのです。
最後まで忠男は自身の身の振り先を見つけることはできませんでしたが、自分を支えようとしてくれる人たちの存在に気づき、これ以上ないくらいの幸せの中でこの世を去るわけです。忠男は誰かに自分の面倒を見てもらおうとあちこち駆け回ったわけですが、結局それが忠男自身の人生でかかわった人へのあいさつ回りの旅となったんですよね...。自らの人生を振り返り、それを総括したあの旅のあとに訪れるラストは本当に悲しくて辛くて、でも暖かくていつまでもこの時間が続くといいのに思いながら見ていました。
わたしにとって、この作品は一生忘れられない作品になりました。
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