「すぐそばの彼方」読んだよ

すぐそばの彼方 (角川文庫)

すぐそばの彼方 (角川文庫)

次期首相の本命と目される大物代議士を父にもつ柴田龍彦。彼は、四年前に起こした不祥事の結果、精神に失調をきたし、父の秘書を務めながらも、日々の生活費にさえ事欠く不遇な状況にあった。父の総裁選出馬を契機に、政界の深部に呑み込まれていく彼は、徐々に自分を取り戻し始めるが、再生の過程で人生最大の選択を迫られる…。一度きりの人生で彼が本当に求めていたものとは果して何だったのか。『一瞬の光』『不自由な心』に続く、気鋭の傑作長編。

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NHKの深夜番組で「青春リアル」という番組があるのですが、わたしは夜遅くまで起きていることが多くてたまに付けたままのテレビにこれが流れているとおもしろくてついつい観てしまうことがあります。
先週の土曜日もブログを書きながら酒を飲んでいたらちょうど番組が始まったので、手を休めてしばらく見ることにしました。その日は再放送だったようですがテーマは「学歴がなくて、ほんとうに大丈夫ですか?」というものでした。いじめを理由に有名進学校を退学した男の子(ハンドルネームは"チャーハン")が東大に入ることでいじめた相手を見返してやりたいと息巻くけれども...というお話でした。
いじめられて退学したことで自分の人生が台無しにされてしまったという思いもあってチャーハンの怒りは相当強烈でしてその負の感情が日常の彼を支えているようにも見えるのですが、一方で実際のところチャーハンが東大に入れるほどの学力があるのかどうかというとまったくそのレベルにないことも分かってきます。先々のことを考えこんだりしてふさぎ込んでしまうことも多くて勉強にも身が入らないことが多いという言い訳どおり、センター試験だかその模試では2割程度の点数しか取れなかったといってのけます。センター2割って言ったら東大どころかどこに大学にも引っかからないレベルです。


そんな彼に対して他のメンバーからさまざまな言葉が投げかけられます。
発言に行動が伴っていないことや、考えてばかりで頭でっかちになっていることに対する厳しい言葉が飛ぶ中、とても興味深い指摘がありました。それは東大に入ることが本当にいじめた相手を見返すことになるのか?という指摘でして、ここから波及して広がった物事の基準をはかるためのものさしの話がものすごくおもしろかったのです。


自分自身や他人の行動の価値を判断する基準というのは、人それぞれもっている価値基準をもとに行います。番組の中でこの価値基準のことをものさしと呼んでいましたが、たしかに価値の大きさをはかるものですからものさしという呼び名が一番しっくりくる気がします。


チャーハンは自分をいじめた相手が学歴原理主義な人間であったため、自分が東大に入ることで相手を見返したかったと述べます。
言い換えれば、チャーハンはいじめた相手が重視している「学歴」というものさしを価値基準に据えて、自らの行動を決めていたのです。なぜ自分のものさしではなく認めさせたい相手のものさしを使うのかというと理由はとてもシンプルで、相手に認めさせるためには相手の土俵で勝たないといけないからです。わたしも他人に認められたいという気持ちがつよくある方なので、チャーハンの気持ちはよくわかります。
でもそうやって他人に認められることを目標に自分の進む道を決めたとして本当にあんたは幸せなの?というのが問題提起されたときに、たしかにそうだと納得してしまったのです。


人にとってどのように生きるのが一番幸せなのか。そのことを本書は何度も問いかけてきます。
周囲もうらやむ輝かしい生活よりも、裕福ではないし記憶も失ってしまったけれど心から満たされていた日々を送ることが出来る方を幸せだと感じる人もいれば、そうではない人もいて当然なのです。だからこそ人は自分なりの幸せを見つけようとするのです。
本書においても代議士を親に持って何不自由ない生活をしていたはずの龍彦(主人公)がこぼした言葉の中に、彼なりの幸せの形がうかびあがってくるのです。

「体調も良くてお腹もすいていなくて、熱くも寒くもなくて、星が空に散っているような夜、コインランドリーで一人、洗濯機の回る音を聴きながら文庫本なんか呼んでたりすると、ごくたまに、ものすごく自由で幸福な孤独というものを、ほんの一瞬だけど、誰かから突然に授けてもらったような気がして、ところかまわずお礼を言いたいような気分になるんだ」


この一文から、孤独を味わって楽しむことが出来る幸せがすごく伝わってきて読みながら涙が出そうになります。
すごく分かるなー。わたしもこういう瞬間が大好きですから。
どんな立場にいても、どんな境遇にあっても、自分が直接/間接的にもっとも幸せになれる方法を探すことがとても大事だし、その時に必要なのは他人のものさしで幸せをはかることではなく、自分のものさしを作ってそれで幸せの大きさをはかるべきなのです。
そんなことをつよく実感できるすばらしい作品でした。



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