家族八景

家族八景 (新潮文庫)

家族八景 (新潮文庫)

七瀬は人の心を読めてしまう精神感応能力者(テレパス)である。お手伝いの仕事で様々な家庭を転々とする。家族それぞれの内面を読んでしまうことで、行く先々の家庭に亀裂や事件を起こしてしまう。

家族八景 - Wikipedia

物心ついた頃から中学生くらいにかけて、わたしは友達の家に行くのがとても苦手でした。
幼いころから人一倍他人に気を遣う性格だったため友達の家族に会うのが億劫だったというのもありますが、それ以上に他人の家の空気や匂いがとにかく苦手でした。
とは言っても臭いから嫌だとかそういう失礼なことを言いたいわけではなくて、普段と違う空気に居心地の悪さを感じていたのです。まして、爺ちゃんや婆ちゃんがいたりするような家だと、仏間からうちとは違う線香の匂いがしてきたり、年寄りの着ている服から濃い目に防虫剤の匂いが漂ってきたりとするわけで、わたしはそういう自分の家にはない匂いから「ここは自分の居場所ではない」ということを感じてしまい居心地がよろしくないなと感じていたわけです。


そんなわけで、小さい頃からよそにはよその匂いがあるんだなーということはすごく感じていたし、さらに踏み込んで言うと、友達の家の匂いが好きになれるかどうかということと、友達自身と長く付き合えるかどうかということには何かしらの相関があったように記憶しています。ささやかなことですが、家の匂いというのはとても大事なことだと思います。


さて。話を本に戻しますが、七瀬がさまざまな家を訪ね歩いた中で「不潔な家」がひとつ取り上げられていました。
普段から母親があまり片付けや掃除をしていないために、家族全員が不潔であることに慣れきってしまっていて汚いということを意識せずに暮らしているという話でしたが、これを読んでいたら上に書いたような他人の家の匂いが気になったことを思い出してしまいました。
自分の家では当たり前のことだと思っていたことが、よそから見たらひどくおかしなことだったというのは珍しいことではないのですが、だからこそ当たり前だと思っていたことがそうじゃないと知ったときのショックは非常に大きいのです。
さらにそれが恥ずかしいことだった時には...。もう言葉にするのも嫌になるほどの屈辱を味わうんですよねえ。


この不潔だった家族が七瀬の行為によって自らの不潔性に気付かされた時の感情のゆれ方がどろりと生々しく描かれていて、七瀬同様吐き気をもよおしてしまうほどに気持ちが悪くてたまりません。
今までは「他人の心が読める」と聞くと、自分もそのような能力が欲しいと思うことが多かったわけですが、こういう声にならない他人の思考を知らずにいられないのであれば、他人の心の中など決して知りたくないなと感じるのです。



本書ではこれ以外にもさまざまな家族が出てきてはその醜悪な姿が次々と描かれています。
読んでいる時には「本当にひどい家族だ」と眉をひそめたくなるのです、読み終えてから「じゃあ、私が生まれ育った家族はおかしくないの?」と考えてみると、決してこれらの家族を頭ごなしに非難出来るものなのかどうか分からないのです。もちろん「自分の家族はこういう家族とは違う」とは思うけど、でも実際に七瀬のような心の読める人間から見たとしたら五十歩百歩なんじゃないのかと思わずにはいられないのです。結局自分自身のことは客観的には見られないですからね...。


それに気づいてしまった時に何だかため息しか出なくなりそうな作品でした。
人間なんて結局はこんなもんなんだってことなんでしょうかね。