これは難しい問題

はてブでかなり話題になっていた記事です。

秋田県大館市は2008年12月,市庁舎にIP電話を導入したことを公開した。同市は2005年6月に1市2町が合併して現在の大館市となった。以前の市と町の庁舎を有効活用するため分庁舎制をとっていたが,8庁舎9事務所間の連絡を公衆回線で行っていたため「多大な電話料金が生じていた」(大館市)。 2006年,本庁舎の構内交換機を交換する時期に合わせ更新を検討した。電話料金の削減を狙いIP電話を検討したが,ベンダーからの見積もりは約2億円。電話料金の削減をあきらめて従来と同じアナログ交換機を更新する場合でも約2000万円との見積もりだった。

見積もり2億円のIP電話を820万円で構築した秋田県大館市から学べること | 日経 xTECH(クロステック)

この一連のシステムを構築されたという中村さんという職員の方は、かなり詳しい方のようです。詳しいというのはパソコンが使えるとか簡単なVBAで業務改善とかそういうレベルではなくて、一技術者としてお金をもらえるほどの知識は十分にあるようです。
このIP電話導入に至る経緯をひととおり読みましたが、自宅でテスト環境を作ってから実際に少ない台数で運用をスタートさせ、最終的に500台導入させるという流れも非常に工夫されているなという印象を受けます。


なんて言うか全体的に素人然としていないというか、すごくしっかりと仕組み作りの出来る方のようでこの点は本当に素晴らしいと思います。


で、この記事を読んでいて気になったのは以下の3点。

    1. 2億円 vs 820万円とあるけど、職員さんの人件費は?
    2. 長期的な運用はどうするの?
    3. これが先行事例として結果だけが伝播されると大変


まずお金の話なんだけど、タイトルが「見積もり2億円のIP電話を820万円で構築した秋田県大館市から学べること」とかなり強気ですが、この2億円と820万円では内訳がかなり異なります。


まず2億円の方は(たぶん)サーバや電話機そのものの値段だけではなく運用まで含めた金額であるのに対して820万円はあくまで導入費であること。実際に中村さんが導入前に検証や準備に費やした時間やサーバ代は計算に入っていないでしょうし、その後の運用に関わる費用(人件費)は既存職員で賄っているということでこれまた計算には入っていません。
すべて外部に頼らずやりましたというのはそれでよいとして、金額比較するのであればそこまで含めて計算してほしかったなと思います。


で、次に運用についてですが、個人的にはこれが一番の懸念事項です。
この手のものは業務を受け継いでいくための専任者がいないとなかなか手離れが悪いです。記事を読む限りでは、現状中村さんが担う部分というのは少なからず残っているように見受けられます。これをどう引き継ぐのかというのは非常に難しい問題だと思います。
記事の中で、中村さんはドキュメントは整備してあるとあるので何とかなりそうな気はしますが、結局一番詳しい人がそばにいるかぎりは引き継ぎってなかなかやりきるのが難しいですし、その点何か良い引き継ぎのやり方があればすごく知りたいなと思います。


最後3点目ですが、この件が先行事例となった場合に予測される動きとしては大きく2点が考えられます。

      • 正当な価格であってもケチがつけやすくなる
      • 他の市町村でも真似をしだす


まず価格にケチがつくというのは、2億円の見積もりを出した仕組みが820万円で構築出来たことを引き合いに出してもっと安くしろという要望が出るのではないかということです。
これについてはいい面と悪い面があって、いい面というのは今まで法外な価格をふっかけてきていたベンダーに対して譲歩を引き出しやすくなるということであり、悪い面というのは正統な価格にもケチがつけられるという点です。
2億円というのはさすがに高過ぎると私も思いますが、じゃあ820万円でいけるかと言われたらそれは厳し過ぎるとも思います。きっとベンダー側の提示した2億円はサーバやネットワークが冗長構成だったり、電話機などのハードが豪華だったりしたはずなのです。対して市側は自分たちに必要なものを選び取って出来る範囲で自前で頑張った結果の値段がこれなのです。


最低限の機能と自分たちで運用の面倒さをかぶる覚悟があれば、システムなんてかなり安くなるはずですし、今回の大館市の件は自分たちの手を動かして運用もこなす覚悟があったからこそここまで安く済んだのだと思うのです。
その覚悟も努力もないくせに「安くしてね→でも機能は今までどおりで」なんてのは無理なわけで、結果だけ見てうちもうちもと言うふうにならないといいなと思います。


今回の大館市の件についてははっきり言って一般的な事例として扱うのは難しいと思います。
電算課を持っていて自庁内で電算処理をしているところでもなければ、こんなに詳しい人が中にいる市町村は決して多くないはずです。そもそも市町村の担当者は各行政の仕事がメインなのですから、その仕事以外にこんな仕組みづくりと言う仕事をやることを期待するのはかなり厳しいだろうなと。それこそ趣味が高じて..というケースでもなければ期待できないと思いますし、今回のようなことをやりたいからと言ってちょっとパソコンに詳しい人にやらせたところでこんなにうまくいく確率は決して高くはないはずです。
ですので、この事例に倣えと安易に真似をしようとするところが出てくるのは心配だなと思うし、あくまで非常によい条件がそろった稀有な事例として(現段階では)とらえるべきだと考えています。


もちろん、それでも自分たちで出来ることはやろうという姿勢はとてもいいと思うし、そういう意欲と相応の努力さえあればある程度形になるものは作れるというのはすごく素晴らしい世の中だと思うのです。
今回は稀有な事例と書きましたが、今後はもっとノウハウが増えていってこのような話が一般的になったら面白いなと思っています。


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