アキレスと亀


裕福な家庭に生まれながら、突然の両親の死によってひとりぼっちになってしまった真知寿(まちず)少年(吉岡澪皇)。それ以来、彼はずっと描いてきた“画家になる”という夢だけを人生の指針として生きることにした。やがて、そんな真知寿(柳憂怜)の前に、一人の理解者が現れる。絵に対する彼の純粋さに心惹かれた幸子(麻生久美子)。2人は結ばれ、画家の夢は夫婦の夢となる。だが、彼の作品は全く評価されることなく、2人の創作活動は次第に街や警察をも巻き込むほどにエスカレートしていき、家庭崩壊の危機にまで直面していくのだが…。売れない画家の夫と、彼を支え励ます妻を描いた、愛と幸福の物語。若き頃の夫婦を柳憂怜と麻生久美子が、その後をビートたけし樋口可南子が演じる。

『アキレスと亀』作品情報 | cinemacafe.net

宇都宮ヒカリ座にて。映画館では初の北野作品かな。
一人の売れない画家の生涯を描いた作品。自分自身に芸術の才がないためだと思いますが、わたしがもっとも理解出来ない人種のひとつに挙げられる画家という人間の生き様はとても興味深いと感じました。ただ、真剣なのかと思えば思わず笑ってしまうようなシーン*1もあってわたしは笑ってもいいものなのかどうか大いに悩んでしまいました。面白いかどうかで言うと微妙にアウトな作品なのですが、でも他の作品では感じられないとても個性的だと感じる作品でした。


観ている途中で、というかそもそも始まって10分くらいしたあたりから私はこの真知寿という主人公の事が大嫌いだと強く感じるようになりました。もう観ていて怒りを覚えるくらいの嫌いが芽生えていることに気付いたのです。理由の見当たらないこの嫌いという感情をもてあましながら観ていると、先日読み終えたある本のことをふと思い出しました。


ひとを“嫌う”ということ (角川文庫)

ひとを“嫌う”ということ (角川文庫)


本書は嫌うことに対してさまざまな視点を与えてくれるのですが、その中でも非常に印象的な言葉があってこの作品を観ながらその言葉を思い返していました。

ひとを真剣に嫌うということは −真剣に愛することと同じく− 重いことです。だからこそ、貴重なことです。そこから逃れることなく、追求すればいいのです。私の提案は、その原因をつき止めて、正確に嫌うこと。行動に移すに慎重にして嫌うこと。「嫌い」を大切にすること。こうした現実にしっかり向き合うことから、人生のたとえようもない味わいがわかってくる。


219ページから引用

この全文を覚えていたわけではありませんが、「原因をつき止めて、正確に嫌うこと」というのはとてもよく覚えていました。せっかく数分観ただけで理由も分からず嫌いになれそうな逸材が見つかったわけで、ためしにこの嫌いの原因は何だろうかと考えながら観る事にしました。家だけではなく学校でも好き勝手に振舞える恵まれた生活環境にいることや、他人の家に預けられているくせに頼まれた手伝いは無視して好きなことをやり続ける奔放さ。そして周囲の人からどう思われようと自身のやりたい事をやり続ける神経の図太さ。
あー、この嫌いの根っこは嫉妬だなと。自分が幼いころにもっていなかったものをすべて持っていて、さらにそのことを当然だと思っているそのことが妬ましいのだなと理解しました。そうと分かったおかげか、以降は落ち着いて映画に集中することが出来るようになりました。理由を知るというのは大切なことなんだなと実感しました。


話を映画の感想に戻しますが、真知寿の絵を描くことへの執念というのは明らかに追い詰められているというか狂気じみていて、観ているこちらまでも何かに追い立てられているような焦燥感を感じてしまいます。後半は特にその傾向が強くなっていき、息苦しいと感じるほどでした。


なぜそこまでして絵を描こうとするのか
なぜそこまでして何かを表現しようとするのか


絵を描くことや表現することへの欲求がわたしにはありませんのでよく理解出来なかったのですが、でも例えば自分自身のことと置き換えてみて「なぜ映画を観たいのか?」とか「なぜプログラムを作るのか?」と問いを変えてみると、「好きだから」というシンプルな答えに落ち着くんですよね。わたしは好きだからそれをやってるだけであり、真知寿もまた表現することが好きなだけなんですよね。


自分が自分の好きなことをやって、それを理解して共に行動してくれる人がいること。
それって幸せに生きるためにもっとも必要なことなんじゃないんですかね?


好きなことが出来ることは幸せだし、その好きなことを承認してくれる人がいるというのもまた幸せだよなと。そんなことを考えさせられました。


こうやって振り返って考えてみると非常に面白かったし独自性の感じられる世界観に魅了させられましたが、北野作品はわたしには難しいなと感じさせられる作品でもありました。


[追記]
そういえば娘役で徳永えりが出ていておどろきました。
フラガールで初めて観て以来とても気になっていたのですが、この作品に出ているというのは知りませんでした。ものすごく得した気分になりました。



公式サイトはこちら

*1:お風呂のシーンは笑っちゃったなあ...